第5話 夏とトンネル

「夏といえばなんだと思う?」


 帰り道、翠が突然そんなことを聞く。昨日から制服の夏仕様のものが解禁され、涼真も半袖の制服に身を包み、そして隣で歩く翠もまた半袖だ。なんというか肌色の面積が増えるだけで近づくことが悪いことのように思えて少し距離を空けてしまう。これも夏ならではの現象といえるのではないだろうかと思うけど、翠の求めている答えではないのだろう。


「スイカとか、プールとかかな。あとは蝉の鳴き声とか」


 そういえばまだ蝉の鳴き声を聞いていないなとふと思う。


「他は?」


「他? ええと海とか、ひまわりとか、あとは怪談とかかな」


 翠は涼真が案を出す度にうんうんと頷く。


「違あああう!!」


「頷いてたのに!?」


 翠が突然声を張り上げた。


 こういう突飛なところは夏の暑さの中でも相変わらずだ。


「違うことはないと思うけど。じゃあ夏といえばなんなのさ」


「いいかい涼真くん。夏といえば、トンネルだよ」


「いや聞いたことないけど」


「夏の日差しを避けるために影を歩くでしょ? そしてトンネルの中は全部影。暑い中でも涼しい唯一の場所がトンネルってわけ」


「そんなことを言ったら建物の中は全部影なんじゃ」


「建物には窓があってそこから日差しが差し込むでしょ。だから全部じゃない」


「ええ……」


「というわけで私のおすすめのトンネルにレッツゴーね」


「ええ……」


 おすすめのトンネルってなんだ?



 ▽▽▽



 車道の脇を進んでいくと、鬱蒼とした山に入っていく。頭上には木の葉が揺らぎ、周囲は緑に囲まれている。木の葉の隙間を通る陽光までもが緑色に染められたようだった。


 避暑地のように風は涼しく、葉擦れの音が心地よい。


 そしてほとんど車通りのない車道のその先には、トンネルがある。


「あれがおすすめのトンネル?」


 涼真が尋ねる。


「そう。入ったら涼しくなるよ」


 二人でトンネルに向かう。トンネルといえば真っ暗なイメージがあったが、目の前のトンネルはそれなりに明るい。入り口と出口の間隔が短いからだろう。


 そしてトンネルに入った瞬間に冷気が肌を舐めた。


 思わずおおっと声が出る。


 その様子を見て翠がそれ見たことかとドヤ顔をしている。


「涼しいでしょ?」


「うん。なんか外にいるのに涼しいって変な感覚」


 冷房なんて設置されているはずもないのに、それでも冷気がこの短いトンネルに充満しているのはどういう理屈なのだろう。


 二人でトンネルの中の方に進んで、壁に背を預けてそのまま座った。


「ね、夏はトンネルでしょ」


「うーん、これは否定できないかも」


 トンネル内の冷気で涼みながら、なんてことない雑談をして、ちょっと大きめの声を出してトンネル内に声が反響するのを楽しんで、たまに通りかかる車を目で追った。


 そんな光景が、夏になった。

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