第4話 あの子の噂
碧川翠には多くの噂がつきまとっている。
この学校を牛耳っている裏番長の正体が翠であるだったり、夜な夜な怪しい密会を大人と繰り広げているだったり、テストの点数や内申点はすべて碧川翠の思い通りに操作されているだったり、とにかく怪しいものが多い。
その要因としては、彼女の目を惹く派手な容姿と明らかに校則違反を黙認されている服装、そして彼女の父親がどこぞの大企業の社長であるという事実が挙げられるだろう。
顔が良く、部活には所属せず、成績は優秀で、親が金持ちであるという部分に尾ひれがついてついてつきまくった結果、色んな噂が出来上がったのだと思う。
人は相手を評価する際に、プラスの面を見たらきっとマイナスの面もあるのだと思い込んでしまうのだ。
碧川翠にまつわる噂はきっとこんなカラクリで作られているに違いない。
だけど火のない所に煙は立たないとも言う。
噂の中に、一つでも事実が紛れ込んでいる可能性がある。
そう思えば、それを検証したくなるというのが人の性である。
まず彼女はいつも涼真を昇降口で待っている。それに捕まって二人で帰るのがいつもの流れになっている。
ここでもし涼真が現れなかったとしたら、翠は一人で帰るしかなくなるのだ。そして一人で帰ったところを後ろから追いかけて数々の噂が真相を見極める。涼真は想像する。夜の繁華街で、翠がスーツのおじさんと待ち合わせをして夜の街に消えていく後ろ姿だ。なんかこう、胸がもやもやする。壁に頭を打ちつけて雑念を取り払う。
涼真はとりあえず、翠から見えないところから彼女の様子を眺める。彼女が帰るまでとりあえず待つ。
十分、二十分、三十分と経つ。
翠は壁に背を預けてスマホを眺めている。そして昇降口から出ていく生徒にちらと視線を向ける程度で、ほとんど動かない。
ほとんどの生徒が部活に向かったので昇降口を通る生徒も少なくなった。ここで翠が動いた。涼真は慌てて姿を隠した。
翠は下駄箱まで歩いて、一つの場所で足を止めた。そして下駄箱を開けて、また昇降口の前に戻ってスマホをいじり始める。なにをしていたのかと思ったが、翠が見ていた下駄箱は、涼真の下駄箱のある場所であることに気づいた。
涼真はしまったと頭を抱えた。
下駄箱にはまだ、涼真の靴が残っている。つまり涼真が校舎内にいることがバレている。
自分の愚かさを反省すると同時に、なんでここまで自分のことを待ってくれているのか疑問に思った。そしてそれと同時に翠を長い時間待たせてしまったことに罪悪感を覚えた。
涼真は観念して靴を履き替え、昇降口に向かった。
こちらに気づいた翠が、黒いマスクを外して近づいてくる。さっきまでの無表情が嘘みたいなニヤニヤ顔だった。
「遅かったじゃん。なにしてたの?」
涼真は彼女から目を逸らす。
「その、先生に呼ばれちゃって」
「なに? なにか悪いことしちゃった感じ?」
「いや、まあ、そう、とも言えるかな」
なにしたのか問い詰められるが、正直に答えるわけにもいかなかった。
「なにか食べたいものとかある? 奢るよ」
無理やり話題を変えた。
「急になんで?」
翠は訝しみながらも、まあいいかと歩き始める。
「じゃあパフェを食べに行こう。もちろん涼真くんの奢りでね」
「あ、はい」
「あと買い物するから、荷物は持ってね」
「え、うーん。……うん」
「あとはね~」
「まだあるの!?」
制服を揺らして彼女が走る。
「私の時間は高いんだよ」
彼女はどんどん先に行く。彼女の時間を無駄にした報いが襲いかかってくるようだ。
しぶしぶといった様子で後ろをついていくが、涼真は少し笑っている。
涼真の接している彼女は見た目の印象よりもずっと無邪気で、いじわるなんだけど本当に人が嫌がるようなことはしない。
きっと噂を立てている連中は、本当の彼女のことを知らないのだ。もっと彼女のことをみんなに知ってもらえたら変な噂も立たないだろうという気持ちと同時に、真逆の気持ちが涼真の中にあった。
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