第3話 首無し地蔵
「ここの通り道をまっすぐに行くとね、廃寺に続く路地が見えてくるんだけどね。そこに首のないお地蔵さんがいるんだってさ」
翠が突然そんなことを言い始めた。
さっきまで駅前にできたスイーツさんがーとか、最近は猫の動画が熱いんだよねーとか、ほんわかしたことを言っていたのにいきなりホラーな話題になった。
「なんか不吉というか不気味だな」
地蔵の首がないだなんてホラーの舞台としてよく映えそうだ。
翠が隣でこちらをじっと見つめてくる。その視線には好奇心の色があったように思う。
「涼真くんってホラーとか苦手?」
この質問がきた以上、この先の展開が読めてしまう。
だから先に言ってやろうと思った。
「首無し地蔵を見に行きたいって言うんだろ。じゃあ行こう」
ホラーが苦手だと答えたら面白がって連れていかれ、ホラーが得意だと答えたら当然のように連れていかれるだろう。翠の言動のパターンがわかってきた。
「えー乗り気じゃん。どうしたの? 悪いものでも食べた? 私は別にそんな怖いところに行こうなんて思ってなかったけど、涼真くんがどうしても行きたいって言うなら行ってあげなくもないよ」
自分で行くように誘うとこんな返答になるのか。素直にじゃあ行こうかとならないあたりが彼女らしいともいえるが、なぜちょっと煽るような言い方になるのだろうか。にやにやと笑って明らかにこちらの反応を面白がっている。
「行ってあげてもいいけど、その代わり」
その代わり? なんだ。
「なにかあったらちゃんと私のこと守ってね」
「おお、……うん」
……なんでちょっと真面目な顔で言うんだ。
結局こちらの心がかき乱される。
▽▽▽
結構歩いた。日も落ちかけて空は茜色に染まり始めた。カラスもどこかで鳴いている。
この夕暮れの景色がさらに雰囲気をホラーっぽく変えているような気がする。
その異様な雰囲気のせいか、ただひたすらにまっすぐ進んでいただけなのに、このまま後ろにまっすぐ進んでも元の道に帰ることができるのか不安になる。
まるで異世界にでも来たような心持ちだ。
「この辺りだったかな」
年数の建った住宅の並ぶ道のその先に目を凝らしてみると、わずかに竹林が見えてくる。しばらく歩くと、その生えっぱなしの竹林に挟まれた、細い路地が見えてきた。そこは瓦屋根の漆喰に挟まれており、竹林の動きに合わせて影がゆらゆらと地面で踊っている。宙を舞う葉がゆったりと風に揺れて地面に落ちていく。その狭い路地の先には、クモの巣の張られた古ぼけたお寺の門があった。それが異様に不気味で、妖怪がその場にいてもおかしくないのではと思わせる説得力があった。
そして、急に目に入ったのは地蔵だった。そこに今までなかったように思ったが、目に入ればそれは今まであったものとして脳に認識される。この奇妙な感覚に共感を求めて隣を見ると、翠と目が合った。
「あれ、だよね」
涼真は頷いて肯定する。
「でもおかしいな」
地蔵には首がないと聞いていたが、明らかに首がある。怒ってもいないし笑ってもいない無表情の地蔵だ。
「でも首がないまま放置するわけもないし、誰かが直したんじゃないかな」
「たしかにそうかもね」
翠が涼真の取ってつけた推測に頷いた。
「一応、拝んどく?」
翠にしては珍しく弱気な提案に、まあしておくに越したことはないだろうと涼真は頷いた。
二人は地蔵の前でしゃがみ、手を合わせて一礼した。一礼の際に目をつむったけど別になにも考えてはいなかった。ただ無心で、それが礼儀だからと礼をしただけだった。
もしかしたらそれがいけなかったのかもしれない。
二人が同時に顔を上げると、目の前にあったのは首のない地蔵だった。
ひっ、と二人がしりもちをついた。しかし涼真はすぐに立ち上がり、未だにしりもちをついている翠の手を引っ張って無理やり立ち上がらせる。
「ほらこっち」
翠は目を大きく開けてこちらを見つめている。意外なものを見たような反応だ。無理もない。いきなり地蔵の首がなくなったのだ。
「……うん」
翠が立ち上がり、涼真がその手を引っ張って路地を抜けた。
大した距離でもないのにどっと疲れが押し寄せてきた。
二人で顔を下に向けて息を整える。
涼真は振り返り、地蔵を見てみる。
遠目からだが、その地蔵には確かに首がある。
「見間違いだったのか?」
だけど隣にいた翠も、涼真と同じような反応をしたということは、翠にも同じものが見えていたということではないのだろうか。
「なあ、碧川さんも見たよね」
そう言って隣の翠を見てみると、彼女はまったくこちらを見ていなかった。代わりに見ていたのは、自分の手だった。涼真も翠の手を見てみると、自分の手が彼女の手を握りしめたままであったことに気付く。
「うわあごめん!」
後ろに飛び退くように手を離す。
翠は今までに見たことのない表情で、こちらの様子を上目で窺う。
手を握ったことに怒ったのかと色々考えていると、
「ねえ、まだ怖いんだけど」
とこちらに手を差し出してくる。
普段だったらできないだろが、先ほどの非日常のおかげで大胆になれる気がした。
涼真は翠の指を握った。これが精一杯だった。
翠は軽く笑った。
「なにそれ。まあいいけど」
その後、さっきあった出来事には互いに触れずに、ただ黙って帰り道を歩いた。地蔵のことよりも、涼真はただ翠の指を離すタイミングだけを考えていた。記憶に残るようなイベントが二つ起きたとしたら、それは後に起きた出来事が上書きするのかもしれない。
「ちゃんと、守ってくれてありがとね」
翠が呟く。
涼真はそれを自分の心臓の音と同じように、聞こえないふりをした。
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