Act.5-5
姉さん――葉先で震える雫がひとつ、満ちて落ちていくように、彼は呼んだ。
十三年振り……十三……《
「さぁ、姉さん」
彼は
「安心して。麻酔銃だよ。少し眠っていてほしいだけ。……姉さんのこと、調べて驚いたよ。〝
「っ……
ナキの声が、銃声に掻き消える。彼の足もとに、ナキの倒れる音がした。
「ナキ……!」
撃てない弾丸の代わりに、彼の背中に声をぶつける。彼は全く意に介する素振りなく、そっとナキを抱き上げた。
「わぁ、軽いなぁ。女神様じゃなくて、天使様だったかな」
まるでダンスのステップを踏むように、彼はくるりと
「
私の本名を、彼は、さらりと口にする。
「悪いけど、生かして帰してはあげられない。そこに転がっているお喋りのせいで、僕のことを、余計なことまで知られてしまった。姉さんと安全な場所に着くまで、第九機関には邪魔されたくないからね」
彼の言葉に、傍に控えていた信者たちが、銃を構え、私を取り囲む。
舌打ちしたい衝動を抑え、私は床に膝をついたまま、彼を睨み上げた。
「亡命する気? ……手駒の〝お喋りさん〟は、連れて行かないの?」
会話を繋げて、時間を稼ぐ。一分でも、一秒でも、長く。今はまだ、薬が効いて、満足に動けない。でも、さっきより少しずつ、手足の痺れや、視覚、聴覚の狂いは取れてきている。この薬の効果は短い。ナキがいたから、万一を危惧して、強力な薬は使わなかったのだろう。
「あぁ、それ……」
ふっと、彼は薄く笑った。
「ただの餌だよ。君たちの組織に、今日この時間、この場所へ、姉さんを派遣するよう仕向けるためのね」
「……餌……? 仕向ける……?」
眉根を寄せた私に、彼は、くすりと笑みを深めた。
「君たちのチームの構成員で、今日この時間、この場所に派遣できる《
「……
「そう。……僕が、第九機関から、姉さんを確実に奪い返すための、ね」
彼は笑った。冷たく不敵に。
追い詰めるつもりが、
そして彼は、望む獲物を――ナキを、手に入れた。
「僕が、その人を餌にした理由は……」
すっと、彼の視線が、床に転がる男に――私たちの《
「そ……そんな……」
愕然と目を見開き、男は唇を震わせた。
「おっ……お赦しください……! 救世主様……っ! どうか……助け……」
額に汗を浮かべ、男は必死に
救いたい側ではなく、救われたい側の人間だったのかもしれない。
与える側ではなく、奪う側の人間だったのかもしれない。
彼の――救世主の言葉は続く。
「僕に隠れて……敬虔な信徒だった人を破産に追い込んでまで献金を
残念だよ、と彼は目を伏せた。引かれるトリガ。信者の
「さて……少し長話が過ぎたな。急ごう……君たち、ここは頼んだよ」
従えた信者たちに、そう言い置いて、彼は静かに部屋を出ていった。
四つの銃口が、無言で私に向けられる。私は顔を上げたまま、ぐっと軸足に力を込め、唇を引き結んだ。
上等だ。まだ本調子ではないけど、時間を引き延ばせたおかげで、薬の影響は、かなり抜けた。
幸いなことは、もうひとつ……この信者たちは、何の訓練も受けていない素人だ。銃の構え方、そして、幹部の男を撃ったのを見て、気づいた。ならば私にも勝算はある。ナキほどではないけれど、私だって、俊敏さには自信がある。たとえ相手が四人でも、素人に負けるほど、
「……舐めないでよね」
四つのトリガに掛かる指。背中に隠していた予備の銃を抜きながら、私は大きく床を蹴った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。