Act.5-3

 次の指令は、予告なしに当日、急遽きゅうきょ、呼び出された。詳細の資料を渡されたのは、迎えに来た《運搬人ポータ》の車の中だった。

「突然の任務になって、すみません……! 今、動ける《削除人デリータ》が貴女たちしかいなくて……《標的ターゲット》を定めてすぐ、その《標的ターゲット》が亡命の準備を始めて……」

 なるほど、時間がなかったらしい。《伝達人メッセンジャ》が、恐縮しながら、車の中で資料を手渡す。実行係である《削除人デリータ》の私たちとしては、枠組みとなる計画を《調整人コーディネータ》が立ててくれていれば、あとは現場で臨機応変に動くから構わないけれど。

「それって、こっちの計画が相手に漏れたってこと?」

「いえ、それはありません。ただ……こちらが取るだろう動きを、相手に読まれていた……予測されて手を打たれたと、考えざるを得ません」

「まるでチェスゲームね」

 私は肩をすくめた。口封じに殺された精神科医しかり、こちらが鍵となる人物に手を伸ばせば、相手はその人物を消したり亡命させようとしたりしてかわそうとする。

「……《標的ターゲット》は、教団の幹部の一人……」

 車の後部座席で、ナキと一緒に手早く資料に目を通す。一人の中年の男の写真と、やしきの間取り図が添付されていた。

「教団……白薔薇の会は、五人の幹部によって運営されていて、彼はその一人です。《キャスト》たちへの洗脳を、消された精神科医に命じていたのが、その男でした」

 ただ……と、そこで《伝達人メッセンジャ》は声を低める。

「その男が主犯だとは、《調整人コーディネータ》は考えていません。調べたところ、その男には、さほど知性は感じられず、みずからの判断で人を動かせるような人物ではない……この男は、伝令係……ただの駒のひとつでしょう。けれど、この男に指示を出していた、主犯である人物を特定しようと調べても、なかなか見えてこない……教団の関係者や資金提供者、幹部と個人的に親しくしていた中に、それらしい人物は見当たりませんでした」

「教祖じゃないの?」

 ナキが素朴な疑問を口にする。私も同感だった。教団の幹部に指示を出していたのなら、主犯は教祖と考えるのが自然だろう。

「確かに、疑わしいのは教祖です。でも、教祖はよわい八十を超えた老人で、特にここ数年は病床にしていて、ろくに会話もできない状態でした」

 一連の事件を計画し、駒となった人間を指揮できるとは思えない。

「気になることは、他にもあります」

 《伝達人メッセンジャ》が、一段と低めた声で言った。

「白薔薇の会は、元々は別の名称で活動していた小さな新興宗教団体だったんです。それが、五年前に今の名称に変わってから、急速に信者を増やし、規模も拡大した……教祖の状態もかんがみると、五年前に、この教団の背後に明晰な頭脳と莫大な資金を兼ね備えたカリスマ的な人物がついた可能性が高いです」

 教祖さえも、駒にしたのかもしれない。

「そこまで調べて分かっているのに、特定に至らないなんて……手強い相手ね」

「はい」

 《伝達人メッセンジャ》はくやしそうに唇を噛む。

 幾重いくえものヴェールの先に身を隠した主犯。それでも、今回《標的ターゲット》となった男を、精神科医のように即、口封じに殺すのではなく、亡命という手段を講じたあたり、主犯にとっては、まだこの男は、利用価値のある駒ではあるのだろう。

「この男に、主犯が誰か吐かせてから、始末すればいいのね」

 もう一度《標的ターゲット》の写真を見返して、顔を確認する。太った体に禿げた頭、気弱そうな目をした男だった。人を脅すのは、殺すより気が進まないけど、仕事だから仕方がない。

「……もうひとつ、分かったことがあります」

 心なしか、《伝達人メッセンジャ》が少し語気を強めて言った。

「暗示をかけられた《キャスト》が、組織に対する叛逆行為を実行するまでの、時間の条件です」

「条件?」

 私は思わず、ナキと顔を見合わせた。

 《伝達人メッセンジャ》は続ける。

「叛逆行為に至った《キャスト》たちは、くだんの精神科医のカウンセリングを最後に受けた日――暗示をかけられたと思われる日から起算して、十三回目の任務、あるいは十三週間後の夜、どちらか早いほうの日時に、叛逆行為を実行していました」

「十三……?」

 それは何か、相手にとって意味のある数字なのだろうか。

「白薔薇の会の教典や活動の中には、特に十三という数字にまつわるものは見られませんでした」

「じゃあ、教団じゃなく、主犯にとって重要な数字ってこと?」

「分かりません。ただ、暗示の発動条件が判明したのは大きいです」

 既に精神科医との接触が確認された《キャスト》は隔離し、暗示を解く施術を進めている。暗示が発動する前に解くことができれば、これ以上の被害は食い止められるはずだ。

「まるで時限爆弾みたいね」

 私は嘆息する。《キャスト》に特定の時間的条件を満たすと発動する暗示をかけ、組織の中に送り込む。《キャスト》は、その日が訪れて死ぬときまで、自分が暗示にかけられていることに気づかない。

「悪趣味だわ」

 舌打ちして、目を通した資料を折り畳む。

 隣でナキは、静かに眉根を寄せていた。

「十三……」

「なにか思い当たることがあるの? ナキ」

 尋ねると、ナキは顔を上げ、首を横に振った。

「ないよぉ」

 軽い口調で、へらりと笑って、ナキは肩をすくめてみせる。

 車は北の郊外へと向かっていた。窓の外を流れる街路樹は、所々、葉を散らし、早くも秋の始まりを伝えていた。

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