Act.5-2
《
「女神様かぁ……」
空を染める金色の光を見上げながら、隣でナキが、小さく呟く。
「……信仰が持つ力は絶大よ」
《
信仰は強い。良いか悪いかではなく、ただ、強い。明日を生きる麻薬にもなれば、今すぐ死ねる毒薬にもなる。依存性は、きっと、どんなドラッグよりも高いだろう。
「それでも、あの《
私の親が、私を恋人の生まれ変わりだと信じていたのも、ひとつの信仰だったのだろうか。私を育てるために、生きるために……絶望しないために、
「ルイ」
ナキの呼ぶ声に、思考を引き戻す。
「……ナキ」
「うん」
「私は……」
「うん……」
「心を
「……うん」
ナキは、静かに相槌を打った。そっと微笑んで、目を伏せて。
「信仰は……絶望を麻痺させるドラッグみたいだね」
ぽつりと、そう、呟く。
世界には、金色の朝陽が、ただ降り注いでいた。
陰に散らばる憐憫なんて、目に入らないみたいに。
人が生み出した神様は、人に似て、見殺しにするのは得意なのだろう。
あるいは、見殺しにされても
「神様を〝粛清〟したら、どうなるかな」
「さぁ? 地獄に落とされるんじゃない?」
「それって今もじゃん!」
ナキが笑う。つられて私も、少し笑った。
「救いが約束されているなら、いつ死んでも良くなるのかな」
車に乗り込む。
飢えた人が祈ったって、空腹を満たせるわけじゃない。
病める人が祈ったって、病気が治るわけじゃない。
パンや薬が貰えたなら、信仰に
絶望せずに生きられる道があったなら、人を殺す必要だってなかった。
「……白薔薇の会……」
操られた《
私たちを乗せた車が新市街の端に差し掛かった頃には、陽は大分高くなっていた。街は私服姿の人たちで賑わっていて、世間は今日、休日なのだと知る。
ふと、コミカルな音楽が聞こえてきて、窓の外に目を
「……移動遊園地……」
隣でナキが呟く。大きな瞳が、小さく瞬きを打った。
大通りに面した広場の入り口に、大きな垂れ幕が掛かっていて、カラフルな衣装を
ナキは、じっと広場の先を見つめていた。
「ごめん、《
「ルイ?」
切り出した私に、ナキが驚いた顔で振り返る。
軽く小首を傾けて、私は小さく笑った。
「見たそうな顔してるように見えたけど、違った?」
移動遊園地の広場は、沢山の人で賑わっていた。様々なアトラクションをはじめ、食べものやゲームの屋台も所狭しと並んでいる。仕事着である黒のスーツのままで歩くのは望ましくないし、職業柄、警戒を解くこともできないけれど、行き交う人は皆、自分たちが楽しむことに夢中で、私たちに目をとめる人は誰もいなかった。
ナキと並んで歩きながら、私は、ふと、ナキの瞳が、アトラクションや屋台ではなく、それを楽しむ人たちを映していることに気がついた。
「乗ってみたいアトラクションとか、プレイしたいゲームとか、ある?」
「んーん。私は、ここにいる人たちを見ていたい」
ルイは? とナキが私に瞳を向ける。澄んだ硝子のように、私を映して。
「私も……」
小さく苦笑して、私は答えた。
「自分が楽しむ側になりたいとは、思わないかな」
しばらく屋台に沿って歩くと、開けた場所に出た。広場の中央だった。それまでゆっくりと、けれど
「遊園地って、いいな。幸せそうに笑う人たちを、沢山、見られるから」
サンドイッチを頬張りながら、ナキは、じっと回転木馬を見つめている。優しい瞳で、微笑みながら。
「ナキは、幸せそうに笑っている人たちを、見るのが好き?」
「うん。……最近ね、やっと、自分が好きだと思えることを見つけたの。それが、これ。見ていると、なんだか安心する」
「安心?」
「うん。世界には、ちゃんと、幸せがあるんだって」
普段なかなか見えないだけで、世界から幸せが消えてしまったわけじゃないんだって。
「……そっか。そうだね」
私も
遊園地は、幸せを享受できる人たちが集まっている。
その幸せは、自分には縁がないだけで。
お金と同じように、幸せも、あるところには、ちゃんとあるのだ。
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