Act.4-2

 錆びついたコンテナがうずたかく無造作に打ち捨てられた、使われなくなって久しい埠頭の一角。時刻は深夜。廃倉庫の建ち並ぶエリアに、私たちは乗り込んでいた。私とルイのペアだけでなく、数組の《削除人デリータ》が、幾つかの倉庫をポイントごとに割り当てられ、一斉にトリガを引いている。

「……ポイントB、対象の現物を確認。《標的ターゲット》の〝削除デリート〟を完了」

「おつかれさまです。では、ポイントEの応援に向かってください」

「了解」

 倉庫内の《標的ターゲット》が全て死体になったことを確認して、ルイとアイコンタクトを交わす。《伝達人メッセンジャ》に連絡し、次に向かうべきポイントを聞く。

 今回の仕事は、一言で言えば不正な武器取引の阻止だ。実際、私たちが確認した現物は、コンテナ一杯のライフルと弾薬。けれど、単なる銃火器の不正流通の取り締まりなら、第四機関――公安の管轄だ。では、なぜ私たち第九機関が動いたのかというと……これが軍からの横流し品で、公安は軍と手を結んで目をつむったから。

 軍も公安も、一枚岩じゃない。クーデターを目論もくろみ、過激派と手を組む連中は、そこかしこに存在する。占領、独立、内戦、革命、民主化、解放運動……僅か一世紀にも満たないあいだに、この国の体制は目まぐるしく変わった。特に、旧体制から新体制に変わったことで既得権益を奪われた者たちの執念は深い……という話は、私たちの《調整人コーディネータ》の受け売りだけど。

 指示されたポイントEの倉庫は、二つ先のブロックにある。周囲を警戒しながら、私たちは銃を手に走る。

 目的の建物が見えてきた、その時だった。

「っ、ルイ! 伏せて!」

 割れた窓硝子の向こうで、光が膨れ上がるのが見えた。

 とっさにルイの腕を引き、抱きかかえるように地面に転がる。

 瞬間。

 閉じたまぶたの闇をく閃光。ふさいだ耳をつんざく轟音。

 金属片が転がり、木片が降り、トタンが舞う。

「ナキ……! 怪我は……っ⁉」

「平気! ルイは?」

「無事よ。……貴女のおかげでね」

 ありがと、とルイは少し悔しそうに唇を引き結んだ。私は小さく微笑んで、首を横に振る。

「……爆発……」

 体を起こし、炎に包まれた倉庫を見遣る。

 銃撃戦の最中さなか、何かの拍子にコンテナの火薬に火が入ったのか、それとも、追い詰められた《標的ターゲット》が火をつけたのか……いずれにしても、中にいる《キャスト》たちの救出は絶望的だ。炎が強すぎて、近づくこともできない。

「……ここは一旦、《掃除人クリーナ》に引き継ぎます。《削除人デリータ》の方は撤退してください」

 私たちに気づいた《伝達人メッセンジャ》が駆け寄り、指示を伝える。

 えっ……? と私は瞬きをした。いいの? この爆発に乗じて逃げる《標的ターゲット》がいるかもしれないよ? ここ以外のポイントは? 確認しなくて大丈夫?

 そんな私の疑問を、《伝達人メッセンジャ》は読み取ったらしい。軽くうなずいて、答えてくれる。

「この倉庫が、最後のポイントでした。貴女がたを含めて、全ての《キャスト》が、ここに集結していたんです。私たち《伝達人メッセンジャ》も……そして、爆発の前後に、この倉庫から出た人間は、一人もいませんでした」

 つまり、《標的ターゲット》は全員、死んだということ。中にいた《キャスト》を道連れに。

「貴女がただけでも、無事で良かった……」

 唇を噛みしめ、《伝達人メッセンジャ》は、ぎゅっと眉根を寄せた。

 栗色の短い巻き毛に雀斑そばかすが印象的な、私より年下だろう女性の《伝達人メッセンジャ》だった。個人的に親しくしていた仲間ならともかく、今回の仕事で初めて顔を合わせただけの《キャスト》に、ここまで心をかける《キャスト》は珍しい。まだ組織に入って間もないのかもしれない。普通は、もっと、淡々としている。《キャスト》の死は、いつでも、どこにでも、ありふれていて、生きるか死ぬかは運ひとつで簡単に反転する。《キャスト》の命はチェスの駒よりも軽いのに、ひとつひとつの死をいたんで、ひとつひとつの生を喜んで、この子が病まなければいいなと思う。

 どれだけの《キャスト》が巻き込まれたのかは分からない。この爆発と炎では、遺体の確認も難しいだろう。

「……あの爆発、どう思う?」

 《運搬人ポータ》の車に向かって歩きながら、不意にルイが、ひそめた声で私に話しかけた。

「んー、できれば、仲間を信じて……追い詰められた《標的ターゲット》が起爆させたって、考えたいけど……」

 ここ最近、私たちの仕事は増えていた。第九機関を抜けようとした〝裏切者〟を〝削除〟する仕事。

「混乱に乗じて逃げようと考えたのは、《標的ターゲット》とは限らない」

 でも、それを確かめることはできない。《標的ターゲット》の数も分からない状況で、焼け跡から見つかった死体が《標的ターゲット》なのか《キャスト》なのか、区別はつかないだろう。

「……軍みたいに、ドッグタグでも持っていれば、照合できたかなぁ」

 私が肩をすくめると、ルイは静かに言った。

「どうかしらね……裏目に出るかも」

「……だよねぇ」

 空をあおいで、深く息を吐く。曇り空で、月も星も見えない。

 ドッグタグをつけたところで、身代わりに使う人間が続出して意味をなさないだろうし、〝おもて〟の人間に見つかったら面倒なことになる。だから、第九機関では、ドッグタグは使われないのだろう。

「……ただ」

 呟くように声を落として、ルイは歩調を少し緩めた。

「ドッグタグがあればいいのにと、思うことはあるわ」

 足を止める。

 雲が切れて、月の光が射す。

 ルイは小さく笑っていた。月の光がなければ見落としていたかもしれない、淡い微笑で。

「形見になるもの」

 この世界に、生まれて、生きた、人間だった、存在証明になるもの。

「……ルイ……」

戯言ざれごとよ」

 ルイが私の横をすり抜ける。よどみない歩調で、歩いていく。

 夜風になびく黒髪を、私は追いかけた。

 第九機関の《キャスト》に、墓標はない。回収された死体は骨すら遺らず処分され、徹底的に存在を抹消される。

 死ねば消える。生きていた痕跡は無になり、世界のどこにも存在していなかったことになる。

 まるで、最初から、生まれてこなかったように。

「……形見かぁ……」

 そっと、ひとつ、呟きを置いて、私はルイの隣に並んだ。

 ねぇ、ルイ。

 心の中で、話しかける。ルイに宛てて、でも、ルイには届かなくていい言葉を。

 私たち第九機関の《キャスト》が遺せるのは、想ってくれた人の記憶だけだね。

 記憶がひつぎであり、墓標であり、形見なんだね。

 でもね、ルイ。私は、さっきの話を聴いて、少し、夢をみたよ。

 ばかみたいな夢。

 ドッグタグをね、交換するの。

 ルイのタグを私がもらって、私のタグをルイにあげて。

 それで私が体を燃やして死んだら、ねぇ。

 ルイは、私の形見を持って、〝おもて〟の世界で長生きしてくれるかな、って。

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