Act.2-2
三日後の夜。時間通りに、《
今回の《
「全く……あんたたちサラブレッドは、
仕事前の緊張を和ませようとしてくれたのか、《
サラブレッドというのは、いつの頃からか、
「好きな服は仕事では着ない主義なの」
ルイが真面目に返答する。投げた会話のボールが外れて、《
この国のエリートである第一から第八の機関と違って、第九機関に、服装規定はない。潜入任務では、その場に合わせた装いをするけれど、それ以外では基本的に何を着ても自由だ。タンクトップ一枚で狙撃銃を
それでも、私やルイをはじめ、
そういえば……と、私は窓外の景色を見るともなしに眺めながら思う。
私のクローゼットの中身は、ミドルティーンの頃で止まっている。
窓の外から、硝子に映るルイの横顔へ、瞳のピントを変える。
今の私の私服を一緒に選んでほしいと、ルイに言ったら、付き合ってくれるかな。そんなことを考えた自分に、苦笑する。生き残ることが前提の未来を考えるなんて、いつ以来かな。笑っちゃうね。数時間後には死んでいるかもしれないのに。明日の朝に生きているのは、保障された予定じゃなくて、今日の夜に死ななかった結果でしかないのに。
「それにしても、とうとうあんたを投入することになるとはねぇ……〝
ハンドルを切りながら、《
今回の《
「切り札の無駄遣いで済むことを祈るわ」
「ご期待どーも。でも、私ひとりじゃないから、買い被らないでね」
ねぇ、ルイ? と視線を向ければ、ルイは小さく嘆息まじりに
「精々、貴女の足手まといにならないように善処するわ」
「えぇ……ルイ、もしかして
「事実でしょ」
ルイが、ぷいと窓の外に目を
初めて見た。ルイの負けず嫌いな一面。ちょっと可愛いかも、なんて、これから命の遣り取りをするのに場違いな、
幕が上がって、銃を抜いて、《
指定されたポイントに着いて、車を降りる。旧市街の外れ、再開発の途中で放棄された廃ビルが建ち並ぶエリア。《
街路の陰にルイ、そして、その対角に
作戦は、先手必勝。相手が臨戦態勢になる前に、奇襲によって片を付ける。
銃を手に、街路の先を注視する。
車のヘッドライトが、角を曲がった。スピードを上げて、近づいてくる。
ナンバープレートを確認。間違いない。あの車だ。
いつでも出られるように、私は軸足に力を込める。
先陣を切るのはルイだ。
銃声が二発。
ルイの放った銃弾が、運転手とタイヤを
車の進路が大きく曲がり、崩れかけた
私の
非常階段から、私は、ひらりと飛び降りる。
ボンネットに着地するより早く、助手席に向かってトリガを引く。銃を抜く間も与えずに、喉に一発。即死が一番、苦しまなくていいよね。運び屋に罪はないって? 武装しても、運ぶ仕事をしただけだから? そっか、でもね、それをいうなら私も、殺す仕事をしただけだよ。
後部座席の人影が私に銃口を向ける。穴のあいた血まみれのフロントガラスが、とうとう砕ける。けれど、その銃弾は、一発も私に当たらない。
人影が驚愕する気配がする。この距離で、どうして銃弾を
とん、とルーフを
早くも追いついたルイがドアを壊し、男を車から引きずり出す。
素早く顔を確認。《
「お前は……っ!」
目が合って、聞いた言葉は、それだけ。即座に放った銃弾が、その先に続く言葉を断ち切る。
話すことなんてない。遺言を聞く義理もない。恐怖する時間も、懇願する時間も、抵抗する時間も、あげない。
「お仕事完了っと」
広がる血溜まりが靴の先を濡らす前に、私は死体となった男から離れる。後ろに控えていた《
「知っている人が、またいなくなっちゃったなぁ」
渡された資料で《
組織は――第九機関は、トップシークレットの塊だ。だから、
「帰ろう、ルイ」
軽くステップを踏んで、車へと向かう。ルイの靴音が、私の
「ルイには、いなくなってほしくないなぁ」
無意識に、私の唇から言葉がこぼれていた。あっ、と気づいて口を
「すくなくとも、当分、死ぬ予定はないわ」
ルイの歩調が速くなる。私の歩調はその逆で、ほんの数歩で、肩が並んだ。
「生きる予定も未定だけど」
「だよねぇ」
「……でも」
ルイの握る銃の先が、私の指先を
「いなくなりたくはないと、思ってはいるわ」
「……私の傍から?」
雫のように、言葉が落ちた。胸の奥から、心拍に乗って、言葉が一滴、染み出て、こぼれる。
ルイは抑えた表情のまま、私に視線を向けた。深黒の瞳。よく見ると僅かに青の色味のある深い黒は、まるで澄んだ夜空そのものみたい。夜を
「他に誰がいるのよ」
ルイの言葉が、私の言葉を受けとめる。
言葉は、心だった。
冷たい涙になる前に、温かな手で、光に変えた雫を、空に帰すような。
「いつ死ぬか分からない仕事だから、一緒に生きる約束はできないけどね」
ふっと目を
「それでも」
「死ぬまで一緒にいる約束なら、できるわ」
それは、律義で真面目なルイの、精一杯の甘い言葉だった。
生きていけると希望に酔えるほどロマンチストにはなれなくて、どうせ死ぬよと絶望に
約束は、願いだった。
「私が傍にいる限り、簡単には死なせないよ。意地でも生かすから覚悟して」
「見くびらないで。逆に生かし返してやるから、離れるんじゃないわよ」
勢い込んで、そう言って、ルイの頬のコーラルピンクが、コーラルレッドに熱を上げる。私の胸も、
「頼もしいパートナーで最高だよ」
ステップを踏んで、ルイの一歩前に出る。向かい合って、ルイを見つめて。
「離さない限り、離れないよ」
瞳と瞳を、結び合う。
利き手の銃は手放せないから、手を繋いで歩くことはできないけれど。
右手に銃を持ったままでも、左手同士で指切りをすることはできるね。
背中を守り合うこともできるね。
私が死んでも、貴女は生きて。
貴女が死んでも、私は生きるから。
だから、安心して、傍にいて。
生きる理由にも、死ぬ理由にも、貴女を使ったりしないから。
――死ぬまで一緒にいる。
約束が願いなら、それを守ることは何だろう。
一緒に生きる約束を結べるほど、私たちは強くなくて。
一緒に死ぬ約束を結ぶほど、私たちは弱くなかった。
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