Act.2
Act.2-1
運河沿いのプロムナードを、ルイと並んで歩いていく。雲ひとつない晴天。
ルイの横顔を縁取るのは、
「怪我の具合は、どう?」
少し迷いながらも、私は尋ねた。仕事で敵に怪我を負わされたとき、そのことに触れてほしくない《
「そんなに深い傷じゃないから、大丈夫」
次の仕事に支障はないわ、とルイは答えた。ビジネスライクな口調だったけれど、声に拒絶の響きはなくて、ほのかに甘くて、私は
「仕事じゃなくて……ルイの心配をしたの」
「…………うん、知ってる」
ルイの瞳が、私を映す。どこまでも青を深くして彩られたような、澄んだ夜空の色の瞳。
「ありがと、ナキ。心配してくれて」
ルイは微笑んだ。微笑んでくれた。偽りじゃない、
「ナキが応急処置をしてくれていたのも、幸いだったと思う」
「マニュアル通りのことしかできてないよ。でも良かった、役に立てて」
肩を並べて、歩いていく。陽の光に満ちた真昼の底を。
ほんの数日前には血と銃弾の降り注ぐ夜の
カフェに着く。プロムナードに面したオープンカフェだ。晴れ渡った空の青に、ビビッドカラーのパラソルが映え、ミルキーホワイトのテーブルが眩しい。
「どれにする?」
ルイが私に、見開きのメニューを正面に向けてくれる。ランチセットが、三種類。パスタと、キッシュと、ドリア。
「んー……選べないから、ルイと同じのにする」
「了解。食べられないものはある?」
「ないよぉ」
「了解」
あっさりと、てきぱきと、ルイはリードしてくれる。ありがたいなぁ、と思う。嬉しいなぁ、とも、思う。
カフェなんて、私ひとりじゃ行かないから。
ひとりきりでは、どうやって楽しんだらいいのか分からない。自分で自分を楽しませる方法が分からない。ルイは、ちゃんとそれができるのだろう。ひとりでも、楽しめることを、ちゃんと見つけて、好きなものを選び取ることができるのだろう。
いいなぁ、と思う。すてきだなぁ、と思う。そんなルイが、自分の好きな場所に、私を連れてきてくれた。誘ってくれた。私は、それが、とても嬉しい。
「お待たせしました、Aランチです」
ふわり、と、まろやかで甘い香りが立つ。アボカドとトマトのクリームパスタ。木のトレイの上に、サラダとパスタとバゲットが並ぶ。
いつ以来かなぁ、と思う。体を動かすための食料じゃなくて、楽しむための食事をするの。
ストアに行っても、食べたいものを選べなくなったのは、いつからだろう。仕事が休みでも、したいことが思いつかなくなったのは、いつからだろう。分からない。もう忘れてしまった。
仕事のことなら、いくらでも判断できるのに、仕事以外のことは全部、どうでも良くて、なんでも良くなった。世界が私に求めるのは、私の《
「いただき、ます」
おずおずと、口に運ぶ。
「……美味しい……」
「でしょ?」
ルイが片目を
良かった、と私も安堵する。ちゃんと美味しい。ちゃんと楽しい。味わえること、感じられること、その機能が私の中からなくなったわけじゃなかった。忘れていただけで、消えたわけじゃなかった。錆びついてはいても、壊れたわけじゃなかった。どうでもいい、なんでもいい、って、不用品のラベルを貼って、スクラップにする前に、物置の中から見つけ出して、再び動かしてくれたのはルイだった。
ルイが私に関わってくれて嬉しい。私に関わってくれたのが、ルイで嬉しい。
ルイといると、私は楽しい。
「ナキ」
呼んでくれる、私の名前。私が望んだ呼び名。どうでもいい、なんでもいいって、放り出していったものの中で、これだけは手放さなかった、私の意志。
本名と決別する、私の望み。
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