第51話
「里莉ちゃんも似たような経験ない?」
「う~ん。どうなんだろ?」
樋口さんが何だか私が藤井さんに対して、思いはあっても何一つ言い出せなくてこじれてしまっている感じと似ているような似てないような。
「好きな人に好きって言える人って羨ましいな~。私なんて何も言えない。どうしていいのか分からなくなっちゃうんだよね。」
あんなに大人びた樋口さんがまるで少女のような純情さをもっていることが、ギャップがあって何だかそこも惹かれてしまうのだ。
「好きな人の前になると、挙動不審になっちゃうんだよね。」
「何となくそれ分かります。本当はもの凄く嬉しいのに素っ気ないそぶりなんて見せちゃって、後でもの凄く後悔するんですよね。」
「うん。そうなんだ。しかも周囲の子達も何となく、私と好きな人の間を色々な手を使って邪魔しようとするから、人間不信になっちゃってあーでもない。こーでもないと考える内に辛くなって、疲れちゃったんだ。」
さっきまで穏やかに降っていた窓の外の雪が一変してどこか怒り狂ったように降っている。林も遠くの山も全く視界から消えてしまった。
「会社が組織的に私とあの人を引き離そうとしているような気がして・・・」
「ふうん。大人って口ではいいこと言っても、えげつないことをするものなんですね。」
「意図的に私とあの人の仕事のシフトとかを話したり、グループで討議するときも何故だか決まって、別グループにしたりね。でも、『これって気のせいだ。』とか『仕事に私情を挟むな。』とか言われたら言い返せないし、そもそも言う筋合いでもないしね。でも、どこか人の気持ちを踏みにじっているという気味悪さを感じたかな。でもって、下心のある女上司は巧みにあの人と同じタイミングでシフトに付くように操作をしているような気がしたの。立場上決定権があるからね。」
「ふうん・・・」
「でも、里莉ちゃんこの話を聞く限りでは、私の被害妄想にしか聞こえないよね。」
「確かに・・・て言っちゃ失礼ですね。」
「いいの。気にしないで。でも、本当に思い悩んだんだ。自分の身勝手なのか。それとも、私の気持ちを知っていながら周囲が意図的に仕組んだものなのか。」
一見、所詮色恋沙汰なので、「そんなもので頭がどうかなるってくだらない。」と思われるような案件かも知れない。しかし、よくよく考えた見たら「恋」って人生の生きる中核にあるものじゃないかと思うのだ。男の人だって、もしこの世に女がいなかったら仕事とか頑張る甲斐も途端になくなるだろう。「『恋』ぐらいのことで」とは言い切れないし、何かの不幸が、心境が、絶妙なタイミングで重なり合うと気持ちがすっかり病んでしまうことは誰にでも起こりうることだ。
「でも、結局私が弱かったのかもしれないな。」
それとなく自分の恋愛話に紛れ込ませて、樋口さんは自分が今、精神科に入院している理由を私に伝えようとしているのかもしれない。
「そんなことないですよ。樋口さんはきっと正面から、必死にその男の人に向かい合おうと頑張ったんじゃないですか?」
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