第50話
「ありがとう。里莉ちゃん。だけど私、全然美人なんかじゃないよ。仮にそうだとしてもそのお陰でいい事なんて何もなかった気がする。」
「ふうん・・・」
「そんなこと言って、里莉ちゃんの方が余程美人だし、可愛いよ。」
「そんなことないですよ~。」
「言ってること、一緒じゃん。」
「最近、思うんだけどね。幸せを感じることができない脳みその構造になっちゃてるのかも知れないんだな。」
「樋口さん。それってどういうことなんですか?」
窓の外の雪はさっきより、その舞い降りる量が多くなって、ついさっきまで遠くにわりかしくっきりと見えていた山裾がぼんやりとかすむ。
「何て言うかね。小さい頃から嫌な思いばかりしていると、人ってそうなるみたいなんだ。小さい頃から暴力ばかり受けてきたから」
「だから人ってみんな悪いという刷り込みが出来上がっているの。」
思いがけぬ形で樋口さんの過去を聞いてしまった。そんな姿をいつも微塵も見せないのに、正確に言うと何かしらの影はあるのだが、その影の正体が何なのかを包み隠して絶対につかませない、そんな雰囲気が樋口さんにはあった。
「兄が凄く暴力を振るっていたの。学校でもいじめられてね。でも、何て言うのかな。兄も外面だけはいいので、まさかそんなに酷い人とは誰も思わなかった。外から見る限りでは、両親もいて、それなりの収入もあったから、そんな問題があるとは思われなかったし、自分自身も『そんなことで不幸だなんて思ってはいけない。』なんて思い込んでいた節があるんだな。いっそのこと片親で貧乏でなんて家庭の方が余程自分は不幸だと言うことが自分でも認められるし、周りからも認めてもらえるからその方がまだいいのかな。」
樋口さんは、自分の身に起こった不幸なことを不幸なことだと感じてはいけないと思い込んでいたような節がある。そういえば私も中学生高の頃、いじめられて悩んでいたときがあった。担任に相談したら「世の中もっと不幸な人がいるんだから・・・その位・・・」などと冷静に考えたら、よくぞそんな馬鹿げたアドバイスが言えたものだと思うのだが、その当時は本気で「そんな些細なことで傷付く私はまだ駄目なのだ。」と自分を必死に奮い立たせたことがある。
今思うと、無責任なことをペラペラと性懲りもなく、何処かで借りてきたような出鱈目をしゃべる人がいるものだと呆れてしまうのだが、後の祭りだ。そんないい加減な人の言うことを真に受けて信じてきたのだから。
「里莉ちゃん。精神疾患になる人ってこんなタイプが多いんだと思う。よく言えば謙虚なんだけどね。世の中の人がみんな立派で自分のために言ってくれているなんて本気で信じて、でも実際はそうじゃなかった。」
樋口さんは、ふと私から目をそらし窓の外、葉っぱも散り果てて、みすぼらしくなった中庭の木々、その先に見える雑木林を見ながら、しかし途切れなく話し続けた。右の人差し指が小刻みに震えている。私は目をそらした。
「大人になってからは、露骨ないじめは確かになくなったけどね。その代わり今度は、えげつないというか巧妙化してきたんだ。」
樋口さんの口調が何処か弱々しく、そっと囁くような口調に変わった。まだ3時だというのに、気のせいか、外は一段と暗くなっていた。
「私ね。ある人に恋をしていたの。同じ職場の人だったんだけどね。自分に自信がなくて、緊張しちゃって、全然話しかけられなくて・・・」
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