第48話

 しかし、薬を減らすのも苦労が多い。急に減らすのも怖いし、かといって悪戯に時間が過ぎていくのも怖い。少しずつ少しずつだ。手探りのような状況で緊張が伴う。特に強烈な2つの薬については主治医に減らして貰いたいのだが、この主治医が一向に減らす様子がないので、この2つも自分で減らしていくことを決意しなければならない。まずはジブレンドンから攻略をしていこう。青みがかった長細い、表現が悪いがゴキブリのたまごのような形をしている。このゴキブリのたまごにニッパーの刃先をそっと当てて、力を入れる。以外と此奴は固い。流石ダパスなどとは格が違う。つるつる滑るし、歯が立ちにくいなんてもんじゃない。しばらくの間『格闘』して、ようやくあのつるつるした坊さんの頭のような薬の側面に端が突き刺さった。力を込めて一息にニッパーの握りを牛~と閉めていくと「ごりごり」と情けないくらいに、あっけなく薬が砕け散って、パラパラと粉が紺色のスカートに雪のように舞っていった。其れを埃でも払うかのように「此奴め。此奴め。」と念じながら床にばらまいた。後はゴキブリ共が食べてくれるだろう。ゴキブリもこんな変なものは食べないかも知れない。自分がラスボスだと決めてかかっていたジブレンドンだがあっさりと砕け散って、情けない位の醜態をさらしているのを見て拍子抜けをした。

 「こんなものなら訳ないや。」

 割れて形がすっかり歪になった薬をぬるま湯で流し込んだ。本当なら、こんな欠片でも、捨ててしまいたいのだが、またあの離脱症状がくると堪らないので今が我慢のしどころと思い、悪魔を飲み込むような嫌悪感を感じつつ、いつかお別れする時を夢見ながら・・・。

 友達と吹奏楽をしていた頃が懐かしい。

 「そういえばフルートを買おうとしてたんだっけ。」

 忘れかけていたことをふっと思い出す。もうあの頃には戻れなだろうな。

 「藤井さん元気かな。どうしているんだろう。」

 こんな筈じゃなかった。私は恥ずかしがり屋で好きな人にはほとんど面と向かって話せない面は確かにあるが、精神的に弱いとかナイーブなんていうタイプじゃなかった。其れが何故・・・

 入院施設のある精神病院にいるのか我ながら不思議でならない。精神科の若い女の子にありがちなステレオタイプとは違う気はする。一時の気の落ち込みで、精神病と思い込み薬を飲んだら全く合わず、合わなかったらどんどん薬量が増えていったのだ。最初の頃は信頼していたところもあったが、其れが馬鹿だったのだろうか。

 でも、この病院に入院している人たちは、どこか人間味があっていい人達だ。優しいのだ。優しすぎて精神病になったのなら、優しさって人間にとって不必要なものなのか?時々、優しい人を下に見る人がいる気がする。「もう少し強くならないと」というのが理由なのかも知れないが、それは自分の至らなさを正当化しているようにしか聞こえない。優しい人の優しさに甘えているだけではないのだろうか。もしくは優しさにつけ込んでずるいことをしているだけではないだろうか。

 頭が悶々とする。



 

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