第47話
「いやいや、あなたは難しい患者さんなんだから駄目です。」
「いや、もうこんなに飲まされたら社会生活送っていけないですよ。」
実際にそうだ。今は入院しているからいいけれど、大学に復学したらそれこそ勉強なんか頭に入る状態ではない。それからの就職もこれでは仕事にならない。そこをこの医者は分かっていない。
「まだ、その時期じゃありません。」
「むしろ、遅いくらいです!!」
毎回、進展のない押し問答の末、減らされた薬はダパスの夕方1錠分だけである。自分でも一体一日何錠飲んでいるのか分からなくなる。馬鹿らしくて付き合いきれないのだが、一気に断薬すると恐ろしい離脱症状が出るのでゆっくりゆっくりして行くしかないのだ。まあ、既に自分で断薬に向けて行動はしているのだが、やはりラスボスの「リボリタン」と腹心の「ジブレンドン」は自分だけで断薬するのは怖い。何とかこの2つは主治医にやって貰いたい。脳が薬に順応してからでは手遅れである。断薬、減薬は慎重にと医者などは、よくいうがこんな恐怖を味わった患者からすれば一刻も早く抜け出したいと思うのは当然である。
トボトボと季節感のないまま、今は冬なのか夏なのか春なのか全く分からないというか関心がない状態で、中庭を彷徨う。雪がちらついている。今は寒い冬なんだと何となく自覚をする。
「寒くなったな・・・中に入ろ・・・」
「コタツに潜り込んで、冷えた手でも暖めるか・・・」
自分の思い描いた大人の姿はこんなのではなかった。でも、現状を受け入れるしかない。一体、いくつ日を数えたら、元の自分に戻れるんだろう。コタツに戻ってまた、ニッパーでいつものように薬を割る。
そこへ、原田さんがやって来た。
「里莉ちゃん。私、来週退院するんだ。」
「へえ、よかった。おめでとうございます。」
ここに、入院している人はみんな同士なのだ。それほど、何か沢山会話したわけでも、遊んだわけでもないのだが、その分心のつながりは深い。表面的なコミュニケーションではない、何かこう本質的なところで信頼し合っている。それは何故か。ここに来ている人は心に傷を受けて来た人ばかりだからだ。だからこそ、心というものをとても大切にしなければならないということを分かっている。薬で脳を冒されていることもあり、会話もおぼつかない。でも、言葉の一つ一つに嘘はないのだ。例え嘘だとしても誠実さは間違いなくあるのだ。
「里莉ちゃんも頑張ってね。」
「ありがとうございます。」
「里莉ちゃん。まだまだ若いんだから、これからだよ。里莉ちゃん可愛いし、きっといい男性と巡り会って今までの分までももっともっと幸せになってよ。」
「ありがとうございます。頑張ります。」
私が当面頑張ることは薬をやめることだ。こんな鎖につながれたような状態は決して自由ではない。必要な人には必要なのかも知れないが、私にはそれは関係ない。
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