第43話
「お月様」がポッカリと浮かんでいた。
「月が綺麗」
「私には月は見えませんわ」
「・・・」
原田さんと、樋口さんがニタニタと何やら話をしている。ここは1回のロビーだ。樋口さんも、原田さんと同い年で、20代後半である。原田さんに勝るとも劣らない美人である。美人で精神的に煩っているというのは、ある意味、男からすれば、たまらない存在になるようである。「可愛い」「可哀想」が混ざり合って化学反応を起こすらしい。そうなると男はもはやその「沼」から、はまって出られなくなるのだ。
丁度このロビーにある窓ガラスの高さが炭団の頭の上半分のみが見える高さなので、炭団がその位置にいるとまるで真っ昼間に月が見えるごとく、はげ頭が見えるのだ。炭団が聞いたらさぞかしショックだろうし、恐らく炭団も沼にはまった類いなのだろう。
若い女の子というのは、時折その可愛さからはおよそ想像も付かないような残酷な話をするものだ。
「炭団、何してるの?」
「いや、ちょっとね。」
「ははん、私には大体予想が付いたぞ。」
原田さんの予想によると、例の高校生の子からまた、きっと何かをもらったのだろう。そのもらった物が風か何かに吹かれて、病院の庭に落ちたに違いないというのだ。そう言われてみれば、この前サツマイモを探していたときと同じような顔つきをしている。どこか血の気が引いたような。
話を詳しく聞いてみると・・・
なんと炭団は今度は生姜の佃煮を探していたのだ。周りがずっこけたのは言うまでもない。確かに今は生姜がよく取れる時期ではあるが、生姜の佃煮をどうして病院の中庭に落としたのか、何が何だかよく分からない。恐らく、あの女子高生のおばあちゃんが持たせたのだろうが・・・
「きっと、生姜の佃煮を肴に酒でも飲もうかと思ってたんだよ。」
「きっとそうだ。『はなちゃんの味がする~。』とか言って。」
はなちゃんとは炭団がベタ惚れしている女子高生の名前だ。生姜の佃煮の味がするのかどうか。
しかし、原田さんも樋口さんも何とも口が悪い。一応主治医だとは思うのだが・・・。
「炭団、しょうがないよ。」
「そうだよ!生姜が無いんだよ。」
「いや、そうじゃなくて!」
炭団と原田さんの会話も今ひとつかみ合わない。
炭団が原田さんと樋口さんに説得されてようやくあきらめかけたその時である。
研修医の若先生が
「あれえ、こんな所に生姜の佃煮があるぞ。」
素っ頓狂な声で言う物だから、とりあえずみんなでのノコノコそちらの方に向かうことになった。
確かに、生姜の佃煮がビニール袋に入って転がっていた。丁度今の季節は落ち葉が沢山落ちる季節なので、佃煮が丁度落ち葉と保護色の関係になっているので見えにくくなっていたのだ。
「炭団、これなら簡単に見つからなくてもしょうがないよ。」
「いや、ちーちゃん、生姜はあったんだよ!」
「まあ、いいじゃん。」
「ところで炭団先生、拾い主には3割くれることになっているんじゃないですか?」
「君は研修医の分際で、この僕からこの生姜の佃煮をせしめようというのかい?」
「いや、これが世の常です。」
若先生も何だか変なところで絡む。まだ研修医だから余り給料がないのか?その内、嫌というほど貰うのだから、ケチケチしなくてもいいのに・・・。
「3割は多いよ。せめて1割にしてくれ。」
「いいや。駄目です!」
双方とも中々譲らない。
そこへ樋口さんが
「折角生姜も見つかったことだし、今日はみんなでお祝いしない?」
「いいねえ。一杯やろう!」
「やろう!」
「やろう!」
「さあ、飲むぞ~」
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