第42話

 噂によると、炭団は事実上振られたようである。当たり前だが、どうやらあの女の子には彼氏がいるらしいのだ。とても仲睦まじくて、それこそ

 「君のことを僕が守ってみせる。」

 などと言っている感じなのだ。

 その子はキュン死寸前なんだそうな、人とは分からないものである。


 しかし、原田さんは色んな事をよく知っている。私のこともひょっとして色々と内偵捜査済みなのではと勘ぐってしまうのだが、色恋沙汰に関しては何処をどうはたこうとも塵一つ出てこない。あの藤井さんも結局は自分が一方的に思いを膨らませすぎて、自爆してしまった。

 「あ~もう一度だけでも、夢の中だけでも会いたいよ~」

 

 そんなことを思っていると、それをぶち壊しにするような匂いが漂ってきた。恐らく、炭団が煙草を吸いに来たのだろう。炭団は超のつくヘビースモーカーで、談話室の喫煙所に来てはブカブカ吸っている。そして時々、大きな「ブハーッ」とため息をついているのだ。ブツブツ何か一人で言っているのかと思いきや、今日は原田さんと何やら話し込んでいる。炭団の煙草は他の煙草と匂いが全然違うのですぐに分かるのだ。なんでも、東南アジアの何処かの国の煙草らしく、フルーティーな味がするのだとか、どうでもいい。煙草を吸うか、ため息を吐くかせめてどちらか一つにしてほしいものだ。

 「そりゃ炭団仕方がないよ。」

 「チーちゃんまでそういうの~」

 「僕はもう死にたい。」

 何やら、原田さんが炭団の悩み相談を受けているようだ。盗み聞きはしたくないのだが、壁から耳が離れなくなってしまったようなのだ。

 

 話の断片を聞いて自分なりに分析をしてみる。痛々しさを通り越して、滑稽である。自分も恋愛に関しては不器用な方だが炭団よりはマシなのかも知れない。いや、しかし上手くいかなかったという点では結局一緒か・・・。


 今日はこれから診察がある。平気なところをアピールして、兎に角薬を減らしてもらわねばどうにもならない。

 「いや~まだまだ減らせませんよ~」

 「そんなこといったって、こんな危ない薬をいつまで飲ませる気ですか?」

 「いやあ、兎に角あなたは難しい患者さんなんだから、まだまだ飲み続ける必要があります。」

 「この薬は危ない薬ではありません。今のあなたは少し話が通じにくいところがあります。」


 なんだかんだ、のらりくらり、かわされて結局薬の量は減らすことはなかった。

 「談話室でコーヒーでも飲むか。」

 「原田さんは1日何錠くらいお薬を飲んでるんですか?」

 「私は、1日3錠よ。」

 「へぇ~少ないですね。いいなぁ~。」

 「私なんて、朝4錠、昼6錠、晩4錠で合計14錠なんですよ。」

 「ちょっと多いね。」

 「そうですよね。」

 「そりゃ、減らしてもらわないと副作用が出てしょうがないでしょ。」

 「そうなんですよね。社会生活が成り立たなくって・・・」

 名前も少しおどろおどろしいような、どうしてそんなネーミングにしたのか分からないような薬を一日に何錠も飲まされた日には、堪ったものではない。しかし、飲まなければ離脱症状で錯乱状態になるし・・・。

 しかし、飲むことによって起こる副作用も実に困ったのもなのだ。

 実際問題、病院の中ならなんとか通用するが、これが授業のある学校や職場なら、一日もまともにいることはできない。ちょくちょく寝るなんてできないだろうから・・・。そこが一番重要なのだ。


 だから、もう少し早く薬を減らして欲しいのだ。

 さらに、これは、自分が思うところなのだが、薬を飲めば飲むほど、脳みそが薬なしではやっていけないような状態にまで陥るのではないかということだ。

 そんなところまで来たらもはや、後戻りできなくなる。

 「何とかしないと!!」

 

 

 

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