第39話
「ちこちゃ~んパス。」
あの藪医者が、原田さんととても仲良くソフトバレーに興じているではないか。おっかなびっくりする暇はない。あんな、炭団に化け損なったタヌキのような藪にどうしてあんなカモシカのような綺麗なお姉様が・・・。自分でも何処に批判を向けているのか分からなくなるのだが・・・。
少し混乱気味に、実際には病院を出る時点で混乱しているのだが、何故に人生の中で最も金輪際会いたくないと思っていた相手とソフトバレーをしなければならないのか。しかも、味方同士ですぐ隣で・・・。
最近は薬の量を一時的に元に近い状態に戻してもらっているので、あの気味の悪い「離脱症状」はほとんどなくなったのだ。
「まさかとは思うが、この二人付き合っているわけではないだろうな。」
身の毛もよだつような、変な妄想をしてしまう。
勝ったのか負けたのかもよく分からないまま、試合もどうにか決着がつき、帰路につくことになった。
「今日は、クマのおごりね!」
「しょうがないか。僕のせいで負けたことだし。」
「医者だから金持ってるでしょ。」
「勤務医だからそこまで金はないよ。」
一体何の会話をこの二人はしてるのだ。原田さんと化けそこないの炭団が何やらごちゃごちゃ言っている。
「じゃあ。今から打ち上げね。」
「打ち上げ!?」
「そう!折角街まで降りてきたんだもの。このまま帰るなんて勿体ないから、繰り出すの。」
「繰り出す??」
「居酒屋にGOだよ。」
精神薬とアルコールは一緒に飲まない方が良いと言うのを聞いたことがあるのだがどうやらお構いなしのようだ。大勢でお酒を飲むのは去年の清里での合宿以来である。
「里莉ちゃん。折角だからお友達呼んでみたら!」
「えっ、いいんですか?」
「別に、構わないんじゃない。」
確かに、そうだ。精神病の患者の集まりだからといって、駄目な理由は何処にも見当たらない。ソフトバレーの打ち上げにしては、おかしな感じはしないでもないのだが、とりあえず沙羅にメールを送る。
すると5分もしないうちに返信が来た。
「いいよ。何処であるの?」
あの藪が行きつけの焼き鳥屋の名前を返信して6時集合と打った。みんなでぞろぞろと焼き鳥屋に向かって歩き出す。誰も何も話をするわけでもなし。
「へい。らっしゃい。」
焼き鳥屋の暖簾をくぐり、鰻の寝床のような奥の座敷に通された。座敷と言うより、物置だ。すすけたような、場違いの異様に大きい壺が入り口の端っこに置いてある。恐らくここの主人が、骨董屋にだまされて買ったはいいが何の価値もないことが分かり、置いたのだろう。そう言えばあの主人、だまされやすそうな顔をしている。焼き鳥をせっせと仕込み、そのお金がそこにあるすすけた壺に変わったに違いない。
沙羅は少し遅れるそうなので、先に乾杯をする。
「乾杯」
カチンカチンと音が鳴り、みんなが飲んだり食べたりをし始めた。
と、そこへ
「こんにちは、すみません遅れました。」
「あ~。沙羅、会いたかったんだよぉ~。」
沙羅が、ブーツを脱いで、畳に膝をこすりつけ、にじり寄ってやって来た。ベージュ系の厚手ショートパンツに紺のストッキングという冬コーデがこの薄汚い「物置部屋」と妙に不釣り合いで、血気盛んな男共には、さぞかし、切ない悩ましい光景に写るだろう。
我々は、さっきまでみんなでソフトバレーをしていたのだから、当然ジャージであるのだが。
自然と涙があふれてきた。
「私もだよ。里莉!!里莉には涙は合わないよ。それより、ここに置いてあるこのビールぐいっと行っちゃいなよ。」
「うん。」
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