第37話
ここは談話室、畳の敷いてあるスペースもあり何となくゴロンとなった。仰向けになって少し前に流行った漫画を読む。結局、家でゴロンとなるか、病院でゴロンとなるかだけの違いで大差はない。けれど、今は目に入るのは、天井ではなく漫画ということだけである。ここには、50手前くらいと思われるおじさんから、恐らく高校生であろう少女まで色々な年齢層の男女が何となくぼんやりと時を過ごしている感じである。何か楽しい企画をするでもなし、楽しい会話が盛り上がるわけでもなし、ひとり一人が好きな本を読んだり、ゲームしたり、すぐ近くには喫煙ルームがあって煙草の匂いが漂ってくる。煙草は吸わないが、匂いがそれほど気になる質でもない。まあ、ストレスがたまっているのだから、煙草くらいいいだろう。最近は、何だか堅苦しい法律ができて、煙草も吸いにくくなったと聞く。以前親戚の叔父さんが言っていたが
「一方で依存症にさせておいて、もう一方で税金を沢山かけたり、喫煙所スペースを制限したり、政策が矛盾している。」
冷静に考えると確かにそうだ。煙草ってそこまでは詳しくないが、販売には国が深く関わっていると聞いたことがある。税金を決めるのも国、喫煙スペースについてアーダコーダというのも国である。
「マッチポンプとはよく言ったものだな。」
煙草はいけないという社会正義を振りかざして結局は喫煙者を迫害しているというか、煙草について批判的な政策を採ることによって、クリーンなイメージが沸くのか政治家が票を稼ぐためにそんなところを狙って、煽っているような気さえする。煙草の煙は気にはなるが、それに目くじらを立てて責め立てるなら他にもっと意地汚いことをしている人は沢山いそうなものである。丁度それが隠されるので、所謂「共通の敵」を作るのが人間は好きなのだろう。また、色んな研究者が「健康に悪い。」と研究結果を発表しているが、近所のおばあちゃんは90過ぎても煙草をガバガバ吸っていて、まだ元気に畑で大根を作っている。
「けしから~ん。」と言っている限り、自分は被害者であり同情されるべき対象であり、正義の側にあるのだから、これほど心強いものはない。
しかし、喫煙ルームから、ほんの少しでも煙が漂ってくれば、今の時代、文句を言う人がいても不思議ではないのだが、誰も何も言わない。
この部屋は南西向きで、3時頃になると、黄身掛った夕日の一歩手前の、心地よい日射しがぽやぽや降り注いでくる。座布団を枕代わりに、漫画を読むのも悪くはない。
先程の綺麗な女の人も何も話すでもなくのんびりと畳に足を投げ出して、本を読んでいる。50前後のおじさんもすぐ隣でポケーッとスマホいじりをしている。助平心を出して女の人に話しかけるでもなし、かと言って無視するでもなし・・・フレンドリーに盛り上がるわけでもなし・・・。
「何だか、独特な雰囲気だなぁ。」
精神科だから、心を病んだ人の集まりなので、もっと荒んだ、悲しい雰囲気かと思いきや、とても穏やかなのである。
すると、畳に足を投げ出していた綺麗な女の人がこちらにやって来て・・・
「こんにちは。初めまして!私、原田といいます。ここって、意外と居心地いいで
しょ。初めてここに来る人は、精神科だからきっと沈んだ雰囲気と思って来る人が
多いみたいなんです。」
「はあ・・」
「私もはじめは、きっと暗い感じの所なんだろうなって思っていたんだけれど、何だかとても居心地がいいんだ。」
「はあ・・・」
「何か分からなかったことがあったら聞いてね。ここみんないい人達だから。」
確かにそんな気がする。これまでの人生で、ここまで気兼ねなく漫画が読めたことがあるだろうか?
一通り話をしてくれたら、そのお姉さんは、何事もなかったかのように、また自分の「定位置」に戻って本を読み始めた。
「しばらく、居座ってもいいかな。」
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