第36話
そろそろ、病院に行く時間だ。入院なので一応、歯ブラシや着替えも持っていく。わりかし大きめのキャリーケースを去年の吹奏楽部の合宿に行くときに買ってもらった。ただ、今年は目的が違う。去年の今頃はまさかこんなことになるとは夢にも思わなかった・・・。まあ、何か忘れ物があってもそんなに遠いわけではないし、お母さんに言えば持ってきてもらえるみたいなので、そこまでは考えなくても良い。
「里莉ちゃん。お母さんもこまめに行くから、頑張ってね。」
「うん、私もあんな所、早く出たいし。」
本当は入院したくはないのだが、今の状態だと悔しいけれど、医者に頼るしか方法はない。藁をもすがる気持ちで、というか藁より少しはマシなものはないのか、半ばやけくそで矢でも鉄砲でも飛んでこいという気持ちである。ひょっとしたら、一旦薬の量を元に戻して(不本意ではあるが)薬を上手い具合に減らしていってくれるいいお医者さんがいるかも知れない。
病院は車で恐らく1時間かかるかかからないか位の所だったと思うのだが、もの凄く山奥にある。世間と隔絶された感じがする。病院の名前や外観からはそこが精神病院とは気付かない感じはする。しかし、誰もが口には決して出さないけれど、知っている。そんな所だ。
車で険しいワインディングロードを駆け上っていく。なじみのある街が遙か眼下に見える。今日は比較的調子がいいような気がする。いつもなら車に乗る前は自殺衝動に駆られるのでタイミングを見計らわないと恐ろしくて乗れないのだ。無論この自殺衝動は自分の意思と言うより、薬の離脱症状なのだろうと思われるのだ。
体が勝手に動くというか、もう一人の自分がそうさせるというか、普通の人には、到底理解はできないだろう。母親でさえも分かってはいないのだから・・・。薬の症状でもうひとつ辛いのは、表情が無くなることだ。端から見れば只大人しくなっただけのように思われるが、本人はこれは結構辛く、屈辱的なのだ。辛いというか正確に言ったら、頭がぼーっとして思考が停止したようになるのだ。「瞬き」もし忘れるというか、口もポカーンと開きっぱなしで、我ながら嫌になってしまう。そんな症状が断続的に襲ってくる。
うっそうとした森を抜けると病院の入り口が見えてきた。門には「○○病院」とだけ書かれていて、何科かは分からない。車を駐車場に止めて、正面玄関から入っていく。歩くのも少し辛いのだが、そこは頑張る以外にはない。少しでも元気そうな所を見せて、早く退院したい。一体何のために来たのか自分でもよく分からない。
「有川さんですね。こちらへどうぞ。すみません。保護室があいにく開いてなくて、一般の病棟になりますけれど、なんとか頑張りましょうね。」
「あ、はい。」
「保護室というのは、一応ここに来るまでにどんなところか調べてきている。かなり危険な状態の人が入る鍵付きの部屋なのだ。私の症状からすると保護室が相当なのだろうけれど、満床なので仕方がなかったのだろう。まあ、自分はその方が良いのだが・・・」
「それじゃあね。里莉ちゃん。ごめんお母さんこれからまた仕事があるから・・・」
「うん。また来てね。」
何とも心細くなる。周囲を見渡すと、わりかし沢山の人がいることが分かる。別に内科や外科ではないので、ベッドで寝ている必要もない。雑誌などが置いてある部屋があるのでそこで時間を潰すことにする。スタッフの人からの事前の説明によるとミーティングやソフトバレー、小物作りなど、患者同士で活動することもあるようだ。そんなことをしながら、社会復帰をして行くということだろう。
「こんにちは。有川と言います。よろしくお願いします。」
小さな声であいさつをして部屋に入った。
「いらっしゃい。今日から来たんですね。自分のコップがあったらここに持ってきたらいいよ。コーヒーとか自由に飲んでね。」
20代後半位の女の人が優しく声をかけてくれた。綺麗な人だが、どこか影を感じる。過去に何か辛いことがあったのだろう。
「さてと、こうなったら腰を据えて・・・とりあえず本でも読もう。」
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