第35話

 明日は、いよいよ入院となるので家で過ごすのもとりあえず最後の晩である。本当なら最後の晩餐と言うことでお酒でも飲みたいところだが、精神薬とお酒は取り合わせが良くないそうなので、ノンアルコールで我慢することにした。


 また、いつかみたいに「ぱあっ」とやりたい。いつも思うのだが、このノンアルコールというのは実に味気ない。普通のお茶が炭酸になっているようで、これなら、まだ飲まない方がマシだと思われても無理もない。しかし、気持ちが違うのだ。遠くでビールの味がすることはする。アルコールがあればもっといい。いや、正確に言うと「もっと」どころではないのだが、それだとただのビールだ!!

 下らない能書きを垂れている内に夜も更けてきた。


 母親と少し話をした。

 「ねえ。お母さん。明日病院に行くじゃん。」

 「そうだよ。里莉ちゃん。何だか寂しいね。」

 「里莉ちゃんもさみしいんだよぉ。」

 自分のことを「里莉ちゃん」だなんて気持ち悪い。こんなこと言うタイプじゃなかったのに・・・


 精神科で処方された薬で、おかしくなってそれをなんとかするために精神科に行くなんて根本からヘンテコな感じがするのだが、背に腹は代えられない。今の現状を打破するには行動するしかない。あの、気味の悪い病院へ行くしかないのだ!そんな、訳の分からない「熱い思い」を胸に秘め、眠りについた。明日は早いのだ。


 部屋の明かりを消し、真っ暗にしてもなんだか眠れない。今に始まったことではないのだが、心臓の辺りがポッカリと大きな穴が開いているような感触に見舞われている。何とも気味が悪いのだが、これも薬の離脱症状なのだろう。今度は手が勝手にグルグルと捻転を始めた。勿論自分の意識ではないのだが、何故だかそうしてしまうのだ。寝ながら

 「一体自分は何をしているのだ。」

 と思うと泣けてくる。

 訳の分からない、症状にもがきながら、いつの間にか寝てしまった。


  ・・・そして、翌朝

 とはいえ、4時なので、朝とは言っても周りはまだ暗い。ふと窓の外を見ると、暗闇の中、満月がポッカリと浮いている。

 「満月は、のん気なもんだ。」

 当たり散らしてもどうしょうもないのだが・・・

 「そう言えば今日は十五夜だったかな?ちっちゃい頃、家族でよくお月見をしていたな。ススキを何処かからか採ってきて。お団子飾って。ウサギがいるなんて迷信を信じちゃってさ・・・」


 端から見れば私も完全に「メンヘラ女」なのだろう。髪も最近は美容院に行ってないので、乱れがちになっている。身だしなみには気をつけている方だと自認していたのにふがいない。

 

 藤井さんどころか、どんな男でも、こんな有様の女には近寄りもしないだろうな。飲んでいる薬の離脱症状のせいで、今はずっと頭に電気が走ったような感覚が続いている。


 次第に、周囲も少しずつ明るくなりはじめた。

 

 ふと意味も無く

 「この部屋で朝を迎えるのもこれで最後かぁ~。」

 涙が頬を伝った。

 こんなに、長い間、青春のずっと苦楽を伴にした部屋と中途半端な別れ方をしないといけないなんて、自分が思い描いていたのとあまりにも違いすぎていたので、情けなくて情けなくて・・・


 部屋の隅にぽつんと置いてある、小さなアンパンマンのぬいぐるみに目が留まった。私が幼稚園に上がる前、父さんがUFOキャッチャーで、失敗の挙げ句、取ってくれたアンパンマンだ。

 「バッグに入れとこ。」

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