第32話

 翌日、病院に行って、例の少し気難しそうな医者に昨日のことを話すと

 「いかん。いかん。勝手に薬をやめちゃ絶対いかん!!」

 また、怒鳴られた。

 昨日の肥満気味の医者と同等とまではいかないが

 余程の剣幕だ。そんなに重要ならどうしてはじめにきちんと説明しないのか。

 あんなに眠くなる薬を出されたら、やめたくなるのは当然でしょ。

 医者は偏差値ばかり高くて、特に精神的に参っている患者なんてどうとも思ってない感じがした。だから、自分の意に反することをされると腹を立てるのだ。どうせ、薬屋とつるんで甘い汁を吸っているに違いない。

 家に帰って、とりあえず仕方が無いので、今までの処方で一日14錠飲むことにした。

 「あ~あ。私は一生薬漬けか。飲むも地獄、やめるのはもっと地獄」

 

と言うことで・・・

今まで通っていた病院が恐ろしいほど信頼できないので新しい病院に変わることにして、今日の昼、母と一緒に久しぶりに外出をすることになった。この病院も隣の少し大きな街にある。


 その病院は小さなビルの3階にあった。他にも内科や歯科があってちょっとした病院の集合体のようだ。受付に入ると美人だが何となく冷たい感じのする若い看護師が応対してくれた。

 「保険証を出してください。」

 「座ってお待ちください。」

 無愛想に言われて、嫌な気はするが、無論何も言い返すこともなく、母とおとなしく座って待つことにする。こちらの病院も始めに行った病院と同じく、混んではいるものの誰一人としてしゃべる人はいなかった。


 看護師さんに呼ばれて、診察室に入る。前回よりは少し若い(40代くらいか)黒縁眼鏡をかけた神経質そうな医者が、大きな肘掛けの着いた焦げ茶色の少し高級そうな椅子を回転させて私の方を振り向いた。前回は気難しそうな医者だったが、今回は神経質そうな医者である。まあ、似たようなものか。


 「どうされましたか。」

 「前の病院での処方はどうでしたか。」

 矢継ぎ早に質問が飛び、おどおどしながら前の病院の処方箋を見せ、眠気が襲ってきてたまらないことなどを話した。

 「お薬を少し整理しましょう。」

 「はい。それでは待合室でお待ちください。」

 母と目を合わせながら

 「前の方がマシだったね・・・」

 「うん・・・」

 肩を落としながら病院を後にして薬局に行く。

 新しい処方箋では1種類で1日朝晩の1錠ずつだけになった。


 少なくなったのは嬉しいのだが、また変な症状が出ないか心配だ。

 悪い予感は的中した。

 夜中になると、どこからともなく悪い予感がしてきて、ふぅ~っと断崖絶壁から落ちる感触になるのだ。どうにも逃げ場がない。きっと自分の脳が誤作動をしているのだろう。その感触になると、感覚が過ぎ去るまではずっと堪えていなければならない。そのような怖い感じが一日に2~3回襲ってくるのだ。現実ではないにしろ、脳が現実と同じレベルで恐怖心を味わわせるので、もう何回、自殺をしたのだろうかと言う気持ちになり滅入る。


 その他の訳の分からない症状の内で酷いのは、突然舌をかみ切りたい衝動に襲われ、それを自分の中にいる「もう一人の自分」が必死になって止めようとしているというものだ。


 この世に地獄というものがあるとすれば今まさにその地獄だと思う。薬をもらいに病院に行くときだけは母の運転する車に乗らなければならないのだが、その時でさえも車から飛び降りたくなるのでは、という予期不安が起こるので中々乗ることができない。精神病で自殺する人がいるが、ひょっとしてその中には、薬の影響でそうなった人もいるのでは?と最近では思うようになってきた。

 「私もう完全に廃人になっちゃった。」

 

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