第31話

 いつも通り、風呂から上がって寝ようと自分の部屋に行きかけたときに異常な感覚は起こったのだ。時計の針がまるで早回しのようにカチカチ回ると思ったら、何だかいても立ってもいられないような妙な感覚にとらわれ、次に襲ってきたのは自分の周りの床だけがどんどん無くなっていく訳の分からない感覚なのだ。落ちたら死んでしまうので必死になって逃げ惑う。

 「お母さん。助けて!!床がどんどん無くなっていくよっ!!」

 「里莉ちゃん!!どうしたの!!!」

 気がついたら電話が置いてある小さな本棚に何とかしがみついていた。

 「怖いよっ~何だか勝手に体が動いて死のうとしている感じなんだよ!!」

 「里莉ちゃん!!救急車呼ぶからね!!!」

 救急車が到着した頃には幾分気持ちが落ち着いていた。救急隊の人が

 「一体何があったのですか?」

 今あったことを洗いざらい話すと、あちこちに電話を始めた。どうも、こんなケースで救急車を呼ぶのはあまりないのだろうか?

 「今から、あなたを○○病院」まで搬送します。

 余程受け入れ先がなかったのだろうか、その病院の名前は何となく聞いたことがある。ここからは少し距離の離れた入院施設がある山の中にひっそりとある割と大きめの病院だ。

 自分的にはきっとこれは錯乱状態なのだと認識した。ひょっとしたら自分は袋小路に陥ったのではないか。薬を飲んだら副作用が出るし、薬をやめたらこんな結果になるし、一体どうしたらいいんだろう。

 「私、薬飲むこともやめることもできない。」

 救急車で病院まで運ばれたときにはかなり落ち着いてはいたもののかなり動悸が打つ。

 病院の診察室に行くと、かなり肥満気味の医師が開口一番

 「あんた、何しにきたの?」

 「ちゃんと薬飲まないからこんなんなちゃうんだよ!」

 「やってらんないよっ全く!」

 もの凄い剣幕で怒鳴り散らされた。

 確かに薬を飲まなかったのは良くないかも知れないが、こんな症状が出るとは説明が全くなかったのだ。しかも、あそこまで眠気の酷い副作用についても、軽いものというイメージだった。

 一時期「鬱は心の風邪」というキャッチフレーズで精神科の薬が身近に感じるような宣伝があったが、私の場合はどうもそんな生やさしいものではないようだ。

 何だか憤りを感じる。

 母と

 「もう帰ろうとこんな所、いてもしょうが無い。」

 と話しながら出ようとすると、看護師さんが

 「ちょっと注射だけ打ちましょう。」

 と優しく言ってくれたので

 注射だけなら、ということで打つことにした。

 口には出さないけれど、この看護師さんもこの医者には相当困ったものだと感じている風だった。こんな医者の元で働く看護師さんが気の毒にもなるし、偉いなとも感じた。

 帰りは勿論救急車ではなくて、タクシーで帰ったのだった。

 暗い森の中を走って行くうちに遠くの方に夜景が見え始め、少しだけホッとした。

 

 




 

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