第29話
引きこもり生活でカーテンも閉め切っているので今が昼なのか夜なのか認識ができない。最近ではスマホもいじり倒した感があり、これと言って何もすることがなくなった。そんな私を見かねてか、今日は母親が精神科に予約を入れたので、昼から行くことになっている。初めは反対したのだがその内にどうでもよくなってしまったのだ。
私の住む街から少し離れた、大きな街にその医院はある。とは言っても表通りには面していなくてひっそりとした裏通りにあった。母と二人で薄暗い待合室で待つ。混んではいるものの、誰一人として話をするわけでもなく、硬い表情で待っていた。
自分の番が来て、診察室に入ると、年を取った少し気難しそうな医者が、矢継ぎ早に質問をしてくる。時間にして5分くらいだろうか。
「お薬出しましょうね。」
無愛想に言ったと思うと、くるっと後ろを向いて、看護師さんが
「待合室でお待ちください。」
とこれまた無愛想に言ってきた。
最初から最後まで何とも重苦しい雰囲気の中で診察がやっと終わった。診察時間よりも待ち時間の方が遙かに長いのが気が滅入る。あの程度の診察で症状が分かったのだろうか疑わしい。
待合室の壁に掛けてある時計が4時を知らせた。本当だったら、春の日の黄昏時、少し楽しいような気分にもなるのかも知れないが、ため息ばかりがこぼれる。
処方箋を受け取り、近くの薬局に向かうために外に出たら少しホッとした。薬を受け取り、母の運転する車で、そそくさと家に戻った。帰る途中に、自分が通っていた高校が見えた。吹奏楽部の後輩達は元気にやっているだろうか。こんなに変わり果てた姿の先輩は見たくもないかも知れないな。
夕食前に、言われたとおり薬を飲む。何だか頭がぼーっとして気持ちがいいような,悪いような何だか妙な感じはする。とはいえ食欲もあるはず無く、パンを一切れ食べただけである。それも、薬をそのまま飲むと胃が悪くなるので仕方が無く食べたのだ。
でも、頭の何処かで
「この薬は一生飲むものではないな。」
という気持ちも漠然と沸いてきた。何だか、自分の脳みその構造ががらりと変えられて、元に戻ることができなくなるのではないか。という恐怖心にも似た感情が沸き起こってきたからだ。
でも、薬が効いてきたのかどうか分からないが、眠気が襲ってきた。普段なら昼夜逆転していて、夜になればなるほど寝られなくなるのだが、これなら寝れそうだ。
まさか、自分が大学に入って一年もしないうちに休学するような事になるとは夢にも思わなかった。今更想ってもどうにもならないことだけど、一体何処で歯車がずれたのだろう。いつか沙羅と考えた「藤井さん奪還作戦」(そんな名前だったかも定かではないが)は見事に空中分解をしてしまった。しょうも無いことを考えながら夢見心地になる。
決まって遠い昔の思い出話のような夢を見る。しかし。その夢が何故だか現在の置かれている心境と重なる奇妙さがあるのだ。
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