第25話

 何とか平静を保ちながらも、人には聞こえないように「もう嫌だ。」とか「疲れた。」とか独り言が口をついて出てしまう。

練習にも身が入らず、ぼんやりと中空を見ている。恋煩いってこんなものなのかと思うほど、悪く言えばふぬけになったような、周りの人は相変わらずなのに私はどうしてこうなんだろうと、申し訳ないやら、情けないやら・・・


 先日、沙羅と飲んだときのあの勢いもどこかに吹っ飛んでしまった。

 店番の時ですらパニックになるのに、一緒に食事やドライブなんて、とても無理だ。

 

 おばあちゃんを藤井さんと親しく話せるという理由だけで憎んだ。

 親子なのだから当然なんだけど、受け入れられない。ついついおばあちゃんを睨んでしまうこともあった。恐らく凄い形相だったに違いない。


 そんな私の胸中を察してか

 沙羅も心配して声をかけてくれるのだが、それもほとんど耳に入らなくなった。

 部活が終わり、夕闇の中一人で家路につくことにした。トボトボと肩を落としながら歩くのはなんとも侘しい。

 無表情のまま、目を伏せて電車に座った。


 家に帰り着くと何も言わずに自分の部屋に向かうと、机についてカウンセラーになるための勉強を始める。これだけは、何としてでもやめたくない。いつか、あの人と同じ仕事について少しでも一緒に過ごせる時間を増やしたい。あの人がカウンセラーになるために、どんな勉強をしてきたのかを辿ってみたい。

 

 明日こそ、明日こそは藤井さんと楽しい会話ができたらいいなと思う。デートに行きたいなんてものじゃない。ささやかな願いなのだ。


 

 しかし、そんなささやかな願いすらも叶えることはできなかった。

 翌日、授業が終わって一人バイトに向かう。向かう道すがらで既に緊張が高まり店に着いてから、あの人にどうしても話しかけられないのだ。

 「今日は、少し暑いですね。」とか

 何だっていいのに、話しかけようとすると胸がつかえる感じがして、言葉にならない。おばあちゃんにだったらいくらでも話せるのに、そんな自分が悔しくてたまらない。仕事よりも、そちらの方ばかりが気になり普段ならもっとテキパキ動けるはずなのに・・・

 

 しかも、今日はなぜか藤井さんが余り話しかけてくれない。目は合わせられなくとも、視界にはしっかり入れて、彼の発する言葉は全てキャッチしている自負がある。普段と様子が変わっていることは、悲しいことに全て感じ取ってしまうのだ。

 私に頼んでも良さそうな用事をあの人自身がしている感じがする。前回、このシチュエーションであれば私に頼むはずなのに・・・


 どこか距離を置かれている。


 レジ打ちをしながらも、自分の表情が段々険しくなっていくのが分かる。頭の中では、接客をしている訳だからこんな無愛想なことではいけないのは分かっているのに一体私どうしちゃったんだろう。感情のコントロールがききにくくなっている。


 終了時刻になり、帰りの支度をする。支度と言ってもエプロンを脱ぐぐらいのことなのだが・・・。わざと、ごそごそしながら時間を稼ぎ、藤井さんが「送って帰ろうか。」と声をかけてくれるのを待った。どうせ言われても断るつもりなのだが、それでもその言葉を待っている自分の身勝手さに呆れる。

 

 声はとうとうかけてもらえなかった。

 

 薄暗い、夜道を泣きべそをかきかき帰った。

 「いい歳して、私は何をしているのだろう。」

 

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