第24話
「里莉ちゃん、そこの棚にある消しゴムの箱をちょっとこちらにずらしてくれない。」
「あ、・・・」
「いいよ。その辺りでありがとね。」
「・・・」
少し話しかけられただけでも心拍数が上がって、まともに受け答えができない。今日はおばあちゃんが出かけていて、藤井さんと二人きりで店番をしている。こんなことも当然あり得る事なのだが、まさか今日がその日とは想定外だった。藤井さんからすれば、なんと愛想のない学生なんだろうと受け止められても仕方がない。自分の醜態に呆れてしまう。お客さんでも来てくれれば、気が紛れていいのだが、今日に限って来ないのだ。
「あ、里莉ちゃん今度はこちらの棚のシャーペンも移動させてくれる。」
「はーっい!」
自分のふがいなさにイライラしてついつい、目も合わさず、きつい言い方になってしまう。頭の中はグチャグチャで、恐らく表情も相当にはきつい感じだっただろう。
どうにかバイトの終了時刻になり、駅に向かおうとすると藤井さんが
「里莉ちゃん車で駅まで送るよ。」
といつもと変わらない優しい声で言ってくれた。
それなのに
「いいです。歩いて帰ります。」
と後ろも振り向かず、スタスタ帰ってしまったのだ。
帰り道、
「本当はあの言葉を待ってたんだよな。どうして、こうなっちゃうんだろ。」
後悔しても仕切れない。暗い夜道は涼しくて、皮肉にも頭を冷やすにはちょうど良かった。
頭が冷静になればなるほど
「ああすればよかった。こうすればよかった。」
等といくらでも方法が思いつくのだが、
「あの時はあれで精一杯だったんだ。仕方がないんだぁ。」
電車に乗ると、何だか何もかもが、どうでも良くなってそのまま眠り込んでしまった。どうにか、自分の降りる駅で目が覚め、ヨタヨタしながらプラットホームを後にした。自転車をこぐ気力も消え失せていたので、うつむきながら、ついて帰ることにした。
家に帰ると母親が
「里莉ちゃん。大丈夫最近疲れてない。」
と声をかけてくれた。
「大丈夫。もう黙ってて!」
もはや何にイラついたのか自分でも分からない。
ひっそりと机に電気を付けて、棚に隠してあるカウンセラーになるための学習書をむさぼるようにして読んだ。けれど、字面を追うだけで中々頭に入ってこない。しかし、カウンセラーの資格を取るには、勉強していくしかないし、あの人の側に行くには、もうこの方法しか見当たらない。自分でもかなり無茶苦茶なのは分かっているような分かってないような。
何だか最近は深い谷底にでも落ちていくような気さえするのだ。
自分が極端な思考に陥っていることにも気付かず、悶え苦しんでいる。しかし、端から見れば、何も変わってはいないのだ。別に藤井さんと何かあったわけでも何でもない。ただのアルバイト先のおじさんと何だか無愛想なアルバイトの女子学生と言うことだけなのだ。
「あの人の胸に飛び込んで思いっきり泣いてしまいたい。それができたらもう死んでもいい。」
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