第26話

 ポカンとしながら、校舎の窓からすっかり紅葉した木々を眺めていた。この傷ついた心が少しでも癒やされたらどんなにか救われるだろう。


 言うのも照れるのだが、あの人を一番愛しているのは私であるという確信だけはある。今日こそは、自分から話ができるようになりたい。同時に、こんなことを考えている自分が何となく気持ちが悪い。


 講義がもうすぐ始まるので感傷にばかり浸ってはいられないのだ。私は一応清楚系のできる女を「自負」しているのだから・・・最近は虚勢を張ることに疲れてきた。


 講義が終わった。今日もバイトがあるので、脇目も振らず藤井文具店に向かう。硬い表情でレジに立つ。

 「いらっしゃいませ。」

 お客がものを買いに来たときだけはかろうじて声を出すことができる。藤井さん今日は私に色々と指示を出してくれる。昨日のことは気のせいだったのだろうか。相変わらずの仏頂面で藤井さんには応対するのだが、藤井さんはその辺りはさすが大人なのか上手に対応してくれているみたいだ。


 私ならきっと

 「あなた、年下の癖して何その態度!」

 等と言って今頃は関係もズタズタになっていただろう。

 終始うつむき加減ではあるが、何とか店番をこなし緊張の連続のバイトも終了時刻となったのだ。

 「里莉ちゃん。駅まで送ろうか。」

 「いや、いいです。」

 内心はこの言葉を待っていたので、嬉しくてたまらないのだが、愛想のない返事一つだけを残して、目も合わせず店を後にした。店を出て暫くすると、さっきのうれしさは何処かに吹き飛び、不安が頭を駆け巡る。

 「また、断ってしまった。しかも、あんなに無愛想にしたら嫌われちゃう。」


 「早く帰って勉強しなくっちゃ。」

 今、私を支えているのは「カウンセラーになる。」ということと「『カヴァレリア・ルスティカーナ間奏曲 』を藤井さんに聞かせる」という2つなのだ。

 どちらにしても実現不可能な気はするのだが、同時に

 「これしか生きる道はない。」

 とさえ思っている。悲壮感この上なく、息苦しい。どうして私の心ってこんなにややこしいのだろう。嬉しいことなら素直にうれしがることができないのだろうか。


 「嬉しいこと」があると同時に「この嬉しさがなくなる」のでは「裏切りに合うのでは」という不安感がすぐにもたげてくるので、幸せを感じる暇がないのだ。

 藤井さんと出会ってから特にそのような感情の不安定さが増してきた気がする。


 頭の中でぐるぐると自分のふがいなさを考えていたら、駅に到着した。どうにか電車を降りて、特に疲れるようなこともしてはいないものの、頭が無駄に空回りをしているので、ヘトヘトになり、自転車をこぐ足もおぼつかない。

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