第22話
後期の授業が始まって何日か過ぎた。今日は久しぶりの部活がある。授業が終わって練習部屋に使っている402講義室に向かう。よく考えたらバイトをして自分のフルートを買うという当初の目的を忘れかけていた。藤井さんのお陰で、バイトそのものが目的になってしまった感がある。週3回入っているが、その内運が良ければ1~2回は会うことができるのだ。
今日はまずパートのみんなで「カヴァレリア・ルスティカーナ間奏曲」を合わせた。合宿から帰って初めての練習だった割には、よく覚えていた。何の根拠もないが、この曲を藤井さんにいつか聴かせることができるんじゃないかという期待がある。藤井さんに聞かせるまでには自分のフルートを購入したい。その新しいフルートで、できれば一番最初に藤井さんにこの曲を着てもらいたいのだ。
「けど、一体どうやって?」
お店に行って、おもむろに買いたてホヤホヤのフルートを出して演奏を始めたら、さすがに迷惑だろう。第一そんな勇気はかけらもないのだ。しかも、練習不足で陳腐な演奏をするとなると、想像しただけで血の気が引く。
まあ、無難なところでは演奏会のチケットを渡すというところか。それでも、尚ハードルが高い。渡す手が震えに震えて挙動不審になりそう。
「ねえ、沙羅どうすればいいかな?」
「普通に渡せばいいんじゃん。」
「それが、できそうにないから聞いてるんだけど・・・」
「そうだ!おばあちゃんに頼めば!」
「なるほど、さすが沙羅!だったらおばあちゃんの分もチケットあげた方がいいね。」
「そうそう。だったら何となくごまかし効くしね!ついでにおじいちゃんの分もあげといたら!」
考えてみたら、バイト中はいつも藤井さんに聞くことでも、おばあちゃんを介して聞いている気がする。話しかけられても、同じようにおばあちゃんを介して返事をしている有様だ。好きになればなるほど、話したくてたまらなくなればなるほど、その思いとは裏腹に話ができなくなってしまうのだ。少し前であれば、必要な用事があれば話しかけられたのに、今となってはそれさえもできなくなってしまった。何でも、おばあちゃん頼みである。
部活も終わり、何となくしょんぼりとしながら家路につく。練習をしていたときは何となく元気だったのが、終わると何処か寂しくなる。何だか言葉にできない分、曲を演奏することで、それが言葉の代わりをしてくれているような気がするのだ。そんなことを考えていると益々、藤井さんにあの曲を聴かせずにはいられなくなるのだ。
今日は帰りに本屋に寄ることにしている。「カウンセラー」についての本を見てみようと思うのだ。いつもの新幹線の駅のある大きな街にある本屋だ。この前、福引きをした大型商業施設内にある。本屋に着くと多くの人で賑わっていた。ネットが主流の時代でも、やはり本はいいものなのだろう。何となく温かみというか、ネットのように閲覧が終われば画面から消えてしまうこともないので、安定感がある。
「カウンセラーになるには」という本があったので、とりあえず中身をパラパラと見て、速攻で買った。別に急ぐ必要もないが、少しでも早く手に入れたかったのだ。この本を買うことで、藤井さんに少しでも近付いた気がする。
「私、カウンセラーにならないと!」
訳の分からない焦りのようなものがあった。
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