第17話
自分の好きな人が好印象をもってくれている。こんな経験は生まれて初めてだった。しかも、これまでも良いなと思う人はいたけれど、藤井さんと出会って初めて「本当に人を好きになる。」という感覚を味わったような気もする。しかし、嬉しさと同時に不安感も増すのは何故なんだろう・・・
おばあちゃんが電話をしてくれたので、もうすぐ藤井さんがまんじゅうを取りに来てくれることになった。しかし、よくよく考えたらあのおまんじゅうの話題なんて藤井さんとは一切していなかったのに、おばあちゃんと藤井さんのやりとりが若干気にはなる。しかも、まんじゅうのお裾分けを取りに来るだけで、ガソリン代の方が高くつきそうで気が引ける。同時に、たったそれだけのことで来てくれると言うことが嬉しい。
待っている内にドキドキしてきた。おばあちゃんが電話をかけ終わって、藤井さんがすぐに向こうを出たとしたら、そろそろ着く時間である。外から車の音が聞こえただけでもひやりとする。その間にも、数組の親子連れが新学期に向けて鉛筆や消しゴムを買いに来たのだが、何処か上の空で「いらっしゃい。」と言ってしまって後になって気付いて、これではいけないと反省をする。
なんとも情けない店番を続ける今、この裏口から「コツコツ」と足音がしてきて、見ることはできなくても、あの人が店内に入ってきたことが感覚で分かった。
どうしても、あの人が見れない。頭がのぼせ上がり、パニックになっている。
「里莉ちゃん、おまんじゅうありがとね。」
声が聞こえた。
「聞きたかったんだなぁ。この声が・・・」
もはや、返事も忘れる。
涙がでそうになるやら、照れくさくなって笑みがこぼれてしまうやらで、とても見せれた顔ではない。
すさまじい早さで靴を脱ぎ捨て、トイレに駆け込んでしまった。
「どうしよう。折角お礼を言ってもらえたのに。」
意を決してトイレから出ると藤井さんは、棚の方を向いて何やら整理をしていた。
そして・・・。
「里莉ちゃん、合宿で疲れたんじゃない。店番はいいから奥の畳の部屋で少し休んだほうがいいよ。ぼくがここにいるから大丈夫です。」
やっとの思いで
「ありがとうございます。」と言って、トボトボ畳の部屋に向かって横になる。ここは昔、藤井さんが使っていた部屋のようだ。見回すと、古い目覚まし時計や、昔流行ったような本やCDが棚に並べてある。古い部屋だが、北向きに窓があり、西日がほとんど入らないので、実に落ち着く。ぼんやりと天井を眺めていたら、時計の音だけがチクタクと聞えてきた。
その音を聞く内に、何と寝てしまったのだ。
今まで感じたことのない、心地の良い眠り。今までの人生で悲しかったこと、辛かったこと全部、まるごと帳消しにしてくれるような安心感に包まれた。
英語で「fall in love」と書く意味がぼんやり分かったような気がしたのだが・・・
「恋って落ちるもんなんだ。」う~ん。
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