第15話
列車が大月駅に到着する。結局藤井さんのところには電話ができないまま、帰路につくことになったのだが、翌日はバイトだし藤井さんと直に会えるかも知れないと思うと、まあ良いかとも思う。
今までずっと避暑地にいたのが、段々と都会に近付いてくる感じがする。大月は清里と同じく山梨県で、山に囲まれてのどかな所ではあるのだが、反対側のホームに止まっている電車が何となく都心で見かける電車と同じで、銀色の車体にオレンジのストライプが入った感じ、ここから東京に通勤をする人もいるのだろう。3泊4日の合宿も終わってみれば早いものだ。
「ねえ、里莉これで最後のビールだよ。」
「やったぁ!いただきっ!」
「それじゃあ、かんぱ~い。」
昨日、買い出しを頑張った褒美として二人はあまったお酒をもらったのだ。用意の良い沙羅はそれを保冷バックに詰め込んで、列車に乗り込んだ。まだ、暗くなってないのに二人ともすっかり良い気分になっていた。
大月を出発してトンネルや鉄橋をいくつか超えると、急に周りが開けた感じになり、高尾駅、西八王子駅を通過したら八王子に到着する。八王子の次は立川、次はもう終点の新宿だ。
立川を出て、列車は「三鷹」「吉祥寺」とか、地方出身者の私でも、テレビとかでよく聞く街の名前の駅をノロノロと通過した。実際にはこんな感じの所なんだなと改めて思う。ホームで待っている人の中には、仕事で疲れ切っているのだろうか、それとも恋人と別れたのだろうか、何となく肩を落としている人もいるような気がする。私たちが乗っている列車は特急なので、混雑しているホームの横をどんどん通過してしまうのが、申し訳ない気持ちになってしまう。
代わりに
「ここに座って、ゆっくりしてください。」と席を譲りたいが、そうもいかない。
どうして、こんなことを切々と思うかというとやはり藤井さんと関係がある。彼も大学時代、東京に住んでいた。車窓から見える人にどうしても重ね合わせてしまう。私が生まれる前の全く知らない彼の様々な出来事がこの都会の中にどこかにまだ隠されているのでは、生き様や面影が残っているかもしれない。
列車が新宿駅に到着して、ほろ酔い加減でカートをゴロゴロ引きずりながら東京行きの通勤電車に乗り変える。何となく田舎者感があるのだが、同じような感じでカートを転がしている人が至る所にいるので、案外と気にならない。
この雑踏の中に、私の生まれる何年も前に、きっとあの人もいたんだと思うと、酔いも覚めてキュンと切ない気持ちになる。
新宿駅の中央本線特急発着ホームから、お茶の水方面に乗り換えるこの通路をあの人も歩いたことがあるのだろうか?
電車とホームの間にあるすき間にカートのコロがはまりはしないかと、気にしながら、東京駅の新幹線ホームにたどり着く頃には、日はかなり傾き、なじみのある緑色にピンクのラインが入った新幹線の車体を濃いオレンジ色に染めていた。
「ねえ沙羅。」
「どうした?」
「また、少し金貯めてさ。東京に旅行に行きたくなっちゃった。」
「いいねぇ。私も一緒に行くよ!」
「行こう!行こう!」
「明日は久しぶりのバイト、何だかドキドキする。」
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