第9話
食堂に行くともうみんな集まっていて、食べる気満々で待ってた。一応みんながそろって「いただきます。」をするようだ。
「有川さん。早く来て!」
パートリーダーの上原さんがせかすように言った。さっきまで、蛸部屋でダラダラと練習していた割には、律儀にみんながそろうまで待つなんて、何だかアンバランスだと思う。自分達は「意識が高いんだ。」というプライドでも、もっていたいのだろうか?などと、少しひねくれた受け止めをする自体若干、脳の回路に変化をきたしているのかも・・・。
「あれえ。」
お膳をよく見ると、食事の器の間に茶色い瓶が・・・
上原さん達は食べたいというより「飲みたい」からだろう。きっと、お酒を飲む「罪滅ぼし」の妙な律儀さによる「いただきます。」に違いないのだ。
顔を見ると何だかみんなニヤついているようにも見える。
私もいける口ではあるが、強いのとは微妙に違う。余り大きな声では言いにくいのだが、高校の時から家で、こっそりとお酒は飲んでいた。
父親が
「どうだ、里莉おまえもちょっと飲んでみるか?」
などと誘うのだ。
私も父親の魂胆は分かっている。きっと自分一人だけで飲むと、お母さんの手前、何となく気まずいので「共犯者」を作りたいのだ。けしからん話ではあるのだが。
私も私で
「父さんがそこまで言うなら・・・」
等と言いながら「つげ!」と言わんばかりにグラスを前に差し出している。
「有川さんも来たことだし、さあ、「いただきます。」をしましょう!」
沙羅がせかすように言った。
「で、誰がやるんだ?」
すると、沙羅が被せるように
「私やりま~す。いっただきま~す。」
と元気いっぱいな声で言ってのけた。
しかし部員の内、数名は既に飲み始めていた。
「里莉!ずっと心配だったんだよ。さあさあ飲んで!」
「はいはい分かりました。」
沙羅は私が「いける口」だと言うことは、一緒にアパートでも飲んだことがあるのでよく知っている。慣れた手つきで、斜めにしたグラスにスルスルとビールをついでくる。泡の量もほどよく、口当たりも良いせいか一気に行ってしまった。
私の悪い癖で、酒を飲むと清楚感が段々と剥ぎ取られて、酔っ払いのおじさんのようになる。恐らく沙羅はそれが面白いから、私にビールを勧めたのだろう。「心配」なんて口実にもならない。
料理の方に目を向ける。幼児向けのスリッパと同じくらいの大きさのステーキと割と大きめに切ってある人参、アスパラが白い皿の上に上品に載せてあった。隣には小さい小鉢があって佃煮のような物がある。色が焦げ茶で何の佃煮かが見えにくい。細い針金のような物がいくつか見える。よく見るとそれは当然針金などではなく、昆虫の足であった。
「バッタ」違う。
「イナゴ」だ。そう言えば、戦時中はこのイナゴをタンパク源として食べていたというのを聞いたことがある。アルコールが回って気が強くなったせいか、動揺しない。食堂のあちらこちらからチラホラ「きゃー」とか「ひー」とか聞こえてくるが、一向にお構いなしで口にする。味付けが濃いのとアルコールで何のことはなくムシャムシャ食べた。いつの間にか、私のお膳の近くにこの小鉢がいくつか置いてあった。
「ねえ、ところでさあ。」
沙羅が話しかけてきた。
真っ暗な部屋で、目が覚めた。こうなるともう私は眠れない。酒に酔った後の早朝覚醒だ。
「今何時だろう。」
スマホの時計を見るとまだ4時である。今起きる訳にもいかず暫くタヌキ寝入りをするしかない。これが結構苦痛なのである。しかも、段々と酔っていたときの事が記憶に蘇ってくる。
「私何しゃべったけ。」
少し考えて冷や汗が出た。
あの後、沙羅が私の様子が変わった理由について、根掘り葉掘り聞いてきたのでアルバイト先で知り合った藤井さんがとてもいい人でいつの間にか好きになってしまったこと。しかも、年齢も親子ほど離れていて、相手には妻子がいること。で、自分の心の何処かで「奪ってしまいたい。」という気持ちがあることなど全部話してしまっているのだ。みんながいる夕食会場で・・・。克明に思い出すと、もはやタヌキ寝入り処ではないのだが、まだ真っ暗でそれこそ声を出すわけにもいかず、地獄のようなつらい時間を過ごすことになった。
本当は大きな声で「ぎゃ~」と叫びたいのをギリギリで我慢しながら、寝床で声を殺して悶えていた。
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