第8話
電車に揺られながら、なんだかんだ言いながら清里に到着。
のんびり景色でも見たいという浅はかな思いは断ち切られ・・・
「漬物」のような練習が始まる。狭いとも広いともない中途半端な「広間」にみんなが、でたらめに集い、そこはさすが大学生なのでそれぞれのパートごとに何となく固まって練習が始まる。一応部長さん達が練習計画書なるものを作成していてくれたのでそれを元に、パート練、一斉練などをこなしていくのである。窓から八ヶ岳連邦が見える。青空がどこまでも広がっている感じはとても好きなのだが、呑気に空なんか見ている場合ではないが現実である。
フルートパートも集まって練習をするのだが、他のホルンとかユーホニウムとか大きな音の出る楽器とごちゃ混ぜになって何だか落ち着かない。只の騒音である。
これなら、大学の講義棟で別れて練習していた方が余程身に入る。地べたに座り込んで、楽譜をそこいらに散らかして、練習する様はあまり見られたものではない。
と、私の真正面にいつの間にか菅谷君がやって来ていて、ホルンをおもむろに担いで練習をしている。菅谷君のことは、何となく意識はしていたので嫌ではないが、何もフルートの側で練習しなくても、等と思わなくはない。
「あれれ、私どうしちゃったんだろう。以前だったらきっと胸がときめいたはずなんだけどな。」
どうしても、あの文房具屋の藤井さんと比べてしまう。物腰の柔らかさとか、話の面白さとか、聞き方の上手さ・・・なんか、こう上手くは言えないんだけれど何かが違う。
「まあ、考えてみたら相手はプロのカウンセラーだ。違って当たり前か。」
「となると、あの優しさは私に対してだけじゃなくて・・・」
至極当たり前のことだが、そう考えるとまた気持ちが沈む。暫く会えないという寂しさとごっちゃになって、訳もなく涙が出そうになる。
すると、沙羅が
「やっぱり、里莉元気がないね。大丈夫?」
「大丈夫!」
心配してくれるのはありがたいが、この悩みだけは言う気になれない。
「あ~あ、私どうしちゃったんだろう。」
ほんの数日前と、自分がまるで変わった、何だか気持ちの悪い「大人」になってしまった気がする。具体的に何をしたというわけでもないのに、小さい頃、若い男の先生に憧れたこともあったが、そんなのとも質が違うというか。今ではこちらも大人になってしまっているんだ。年齢こそ倍以上離れていたとしても、高校は卒業した訳だし・・・。ぐるぐると自分の中で
「自分はとんでもない、いけないことを企んでいる。」
という考えが、まるで、蛇が兎に絡みつくように、自分の頭の周りに絡みついてとぐろを巻いているように離れない。
と、いつの間にか時間は経ち
西の方を見ると、カマで茹で上がった蛸の頭のような大きな夕日が、八ヶ岳の山頂から麓に向かって、今にも転げ落ちそうになっていた。
すると多くの女子部員が
「わ~綺麗な夕日。」
「本当ね。何だかロマンチック。」
「もっと、近くで見てみたいなぁ。」
目をキラキラ輝かせながら、男の子連中に聞こえるとも聞こえないともつかないような日頃より確実に1オクターブ高いであろう「可愛らしい声」で言い合っている。
「夕ご飯ですよ。」
部長の藤野さんがみんなに大きな声で知らせてくれた。でも、なんだかすっかり食欲は失せて、何処かに消えてしまった。しかし、ここで食べないと、みんなが何があったかと心配するふりをして詮索してくるに違いない。
暗くなり気温も落ち着いて感じになると、私の茹で上がった頭も若干ではあるが、冷静さを取り戻した感じがしない訳でもない。冷静さというか空虚感というか、なんと形容したらよいか分からないのだが・・・。まあ、ここで食べておかないと本当に病気になるかも
「無理してでも食べよう。」
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