第10話

 「里莉、おはよう。昨日大丈夫だった?」

 「かなり飲んじゃったよ。私変なこと言ってないよね。」

 「全~然。」「里莉、私応援してるからね!」

 「え!何を!!」

 「決まってるじゃない。藤井さんのことだよ!!!」

 やはり、酔った勢いで全部ぶちまけてしまったらしい。こうなったら腹をくくるか。仕方がない。一体何の「腹」なのか自分でもよく分からないけれど、密かに、何も言っていないことを期待したのだが、それは大いに外れてしまっていた。


 「ところで沙羅」

 「何、どうしたの?」

 「その話って、他の人には聞こえてないよね。」

 「大丈夫だよ。安心して。だってみんな酔っ払って、大声でしゃべってたんだも 

の。聞こえているはずがないよ。」

 不幸中の幸いだった。

 そうか、それなら問題はない。どうせこの話は誰かに聞いて貰いたいとも思っていたのだ。そうしないと、何となく自分だけで抱えていると重たいというか。気持ちのやり場がない感じがするのだ。それにしても、昨日はよく飲んだ。まだ、フラフラする。洗面所で、酒でむくんだ顔を洗いながら、早く気持ちを上げていかないと、練習まであと1時間もない。それまでに、朝ご飯を食べて、化粧済ませて・・・、とは言っても、もう既にスッピンはバレバレなのではあるけど、ファンデーションに軽く口紅くらいは塗っておきたい。洗面所くらいは男女が別がいいなと少し感じた。この合宿所は、どうも部長の藤野さんの親戚の経営するペンションのようである。お陰で破格の値段で泊まることができたし、お酒も気兼ねなく飲めた。贅沢は言ってられない。


 顔を洗おうとするが、どうもお湯と水の加減がさっきから上手くいかない。時々もの凄く高温になったり、逆に冷たくなったりして安定しないのだ。しかし、昔おばあちゃんちに泊まったときも、そう言えばこんな感じだったかと思うと、不便ではあるがある種の懐かしさを感じた。

 「小学生の頃はよく泊まってたっけな~。」

 洗面所の上の方にある小窓から見える八ヶ岳のすぐ上に、レモン色の綺麗な朝日が上ってきている。その日射しが小窓を通じて差し込んで、私の顔を照らした。


 いつからだろう。気がついたらおばあちゃんの身長を超えて、いつもおばあちゃんに心配をかけていたのが、今では逆におばあちゃんが心配になったりして。


 朝ご飯は、焼き魚に漬物、卵焼き、ひじきの炊いたのなど、健康的で家庭的な献立だ。しかしこの焼き魚は、海に近い里莉の住んでいる辺りでは見かけないような種類の魚だった。それほど、大きい魚ではないが、まるごと一匹細長いお皿に乗っかっている。しかも、横に「はじかみ」まで添えてあってかなり本格的である。

 「この辺りは水も綺麗だから、こんな美しい魚も泳いでいるんだろうな。」

 などと、何となく悦に浸りながら、ほとんど残さず食べた。

 私は海に近い街で育ったので魚の食べ方はかなり堂に入っている。骨の感じは少し違うけれど、同じ魚なのでそれほど抵抗はない。自分でもよく鰺だのきすだのカレイだの釣っていた。弟や父は今でも、よく魚釣りに行っては、家に持って帰るから、魚が食卓に上ることは多いのだ。


 しかし、こんなに仕掛け代や餌代をかけて、しかも、服まで大汚しをして釣れたのは、たったのこれだけ、古ぼけたクーラーボックスの底の方に小鰺が2匹にベラが1匹転がっているだけという日もあり、うちの家族は両親、私、弟、妹なので一人1匹もない。結局おかずを買い足す羽目に会う。そんなとき、決まって父も弟も何処かおとなしい。こそこそ隠れるように家に帰ってきて、しれっと、魚をさばいている。

 「『さばく』程のものでもないだろう。」

 と思いつつも。

 まあ、釣りを楽しんだのだからあまりとやかくは言わないようにしている。何でも「男のロマン」なのだそうだから。女の私には分からない領域らしいし。

 「だからこそ、惹かれ合うんだろうな。」


 美味しい川魚の正体はニジマスだった。そう言えば良く聞く名前である。清流に住んでいる。模様も何となく綺麗な感じの魚。

 しかし、昨日かなり飲んだせいか、朝食を食べ終わっても、まだ少しフラフラする。二日酔いだろうか。


 「里莉、あなた、きっと二日酔いでしょ!」

 「う~ん、なんとく。」

 「それだったら、良い方法があるよ。」

 「へえ、沙羅って物知りなんだ。教えて!」


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