第6話

 彼氏と横浜に遊びに行っていた沙羅と久しぶりに会った。久しぶりとは言え5日ぶりくらいか。気のせいか少し垢抜けて見える。

 「どうだった横浜は?楽しかった?」

 「山下公園と中華街と・・・めっちゃ楽しかったよ!」

 「ふぅん。いいなあ。」

 ずいぶんと長い時間並んで小籠包を食べた等と言っていたが、小籠包って私にとっては、シューマイの大きいヤツという認識だが、並んでまで食べるとは一体どこまで美味しいのだろうか、どうもピンとこない。

 まあ、大好きな彼氏と待つのなら、全然苦痛にならないだろうし、わざわざ行列のできる小籠包でなくても、私ならスーパーの特売品でも十分なんだけどな。

 何はともあれ、楽しそうで何より・・・。


 今日は初めてのバイト。先日面接に行った文房具屋さんに向かう。

 ギラギラと暑い日射しが照りつける中、バッグで影を作りながら、少し疲れ気味に歩道を歩く。日傘を忘れたのが悔やまれる。


 今日から、とりあえず5日間連続でバイトが入っている。

 「生まれて初めてのバイトだ。面倒なんて言ってられない。合宿費はあるし、自分用のフルートも欲しいし。・・・」


 「ごめんください。」

 「あ、アルバイトできてくれた学生さんですね。母から聞いています。藤井と申します。よろしくお願いします。」

 「あ、いえ!こちらこそ・・・。」

 「せっかく、アルバイトで来てもらったんだけど、見ての通り古い店で、お客も余り来ないから、やりがいがないかも知れません。申し訳ないですね。」

 「あ、いえ、そんな・・・」

 この前、あの女の人が言っていたカウンセラーをしているという息子さんだ。なんでも、両親で温泉旅行に出かけたとかで、カウンセラー業務を3日間お休みして、こちらに来たのだという。


 このお店、古い感じの店で同じ文房具を扱うといっても所謂大手企業の文具雑貨店とはかなり趣は異なる。私の通う大学には芸術系の学科もあり(かくいう私もその学科ではあるが映像関係の専攻なのでそれほど関わりがない。画材を買うのはどちらかというと美術専攻の子達である。)その学科の学生がこの店に来て、画材を買うと言っていたので、よくよく見てみると、普通の文具店では取り扱っていないだろうなと思われるような、かなり本格的な画材なども置いてあった。


 「遠くから、来ているんですか?」

 「いえ、私は自宅から電車で通学しているんです。」

 「だったらいいですね。ご両親も安心ですし、お金も余りかからないし。」

 「あ、はい・・・・」

 

 などと

 話をしながら、余りお客さんも来ないので、かなり楽で、お金をお貰うのが申し訳ないと思う。しかも、大きなタンスか冷蔵庫を思わせるようなクーラーだけが音を立ていて、部屋を涼しくしてくれているのがなんとも健気で、照明も今風のLEDではなく、蛍光灯なので適度に暗く、それが涼しさに加え、落ち着きを与えているようで、なんとも居心地よいのだ。

 

 子どもが、夏休みの絵を描くからと画用紙と足りない絵の具を買っていったのと、近所のお年寄りだろうか、今度息子夫婦の住む東京に行くから、そのときにかぶるための帽子を買ったのと・・・それからちょくちょくと駄菓子やアイスが売れた。


 古い店なのだが、何故か、いい感じはする。


 バイトが終わって外に出てみると、日はいつの間にか傾き、暑さも和らいで丁度いい感じ。夕日に背を向け、長く伸びた影の後をついて行くように、駅に向かってのんびりと歩く。電車まではまだゆとりがある。

 夏の、青々とした木々の葉と、夕日のオレンジ色と黄色が混じったような光線の対称性が黄昏時を際立たせている。


 すっかり暗くなって、窓ガラスの反射で、外がほとんど見えない車窓に視線を向け、想う。


 「また、明日もバイト頑張ろう。」

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