第5話
次の日、今日は朝からあいにくの雨で、しかも経済学の講義が1限目からある。昨日は、遅くまでコーヒー屋さんにいて、最終で帰ってきたので少し眠い。今考えると何であんなことしたんだろうと思う。妄想が膨らみ、少し舞い上がりすぎた。今日はその反動からか若干テンションが低い。
「おや?」
バッグの中の教科書を見ると、他の人となんか違う。別の教科書を持ってきてしまった。どうしよう。だからって小学生じゃあるまいし叱られるわけではないが、周りがみんな持っているのに自分だけ持っていないのは情けない。かと言って何も出さないわけにもいかず、仕方なく、その全く関係のない教科書を開くことにした。
「開けてれば、分かんないや。」
周囲はなんとも思ってないかも知れないけれど、私は清楚で「できる」女を自負している。教科書を間違えるなんてとんでもない。少し抵抗はあるが、なんとかごまかせるだろうと思い、何食わぬ顔で講義を受けることにした。見られているわけではないのに自意識過剰なのか視線を感じる。別な教科書広げてイタい奴だと思われてはいないか等と考えていると授業の中身なんか全然入ってこない。
長い長い1限がやっと終わったらヘロヘロになった。他の授業は休講になり、今日の授業は実はこれだけなのだ。
これから、図書館で時間を潰して、ご飯を食べてから、予てより考えていたバイト先に面接に行く。大学の近くにある文房具屋さんだ。
「ごめんください。」
「チリンチリンチリン」
と、少し古めかしい音が鳴り、中に入る。
「ああ、アルバイトの学生さんね。ようこそいらっしゃいましたね。こちらへどうぞ。」
私の祖母と同年代ぐらいの女性が、店の奥から出てきて案内してくれた。
「では、こちらに座ってくださいね。」
店の中は意外に広く、文房具以外にも洋服なども売っていて、「文房具屋さん」と言うより「呉服屋さん」それとも「衣料品店」という感じである。てっきりごく普通の文房具屋さんだと思い込んでいたが少し違った。この辺りの人が買いに来るんだろうか、着物や草履のようなものまで売ってあったのには驚いた。
「うちは、昔からここでお店やってるんだけどね。」
「もう歳でね。少し手伝って貰おうということでアルバイトを募集したのよ。」
聞いてみると、ご主人は田や畑の農作業が主で、店の方はこの奥さんに任せきりなのだとか。
「時々、息子も心配して手伝いに来てくれるんだけどね。何しろ本業が忙しいから最近はほとんど来れなくて・・・」
聞いたところによるとこの息子さん「カウンセラー」をしているみたいで、近くの街で開業をしているのだとか、まあ最近は悩みの多い人が巷にあふれている感じはするので案外忙しくもなるでしょう等と、適当な事を考えていると・・・。今日は、その息子さんの娘、つまりこの女性からすると孫に当たる人も「遊び」にきていた。中学生ぐらいだろうか。
一通り、仕事内容などの話をした後
「今日は面接だけだから、これでおしまいね。お菓子と飲み物でも飲んでいって。来週からよろしくね。いい感じの娘さんで助かったわ。」
内心、バイト先の人が怖い感じの人だったらどうしようとか、いろいろと考えていたがどうやらその心配はなさそうだ。
「息子さんってどんな感じの人なんだろう。まあ、中学生くらいの娘がいるのだから40はとうに過ぎているだろう」
ときどき、バイトで一緒に働くことにもなるだろうから若干気にはなる。怖い感じの人だったらどうしようかな。若干の心配がある。
今日は朝から教科書を間違えて、散々だったのだがアルバイトの面接も無事に終わりホッと一息つきたくなった。
「帰りに、また途中下車してあのコーヒー屋さんによろうっと。」
いつの間にか、雨もやんで、午後の優しい日射しが並木道に降り注いでいた。
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