第2話

 講義が始まった。私の隣には結局誰も来なかった。「文学」の授業であるが、本を読むことが余り好きではない私にとっては、退屈この上ない。早く終わらないかとまだ始まったばかりなのに考えてしまうことに少し申し訳なさを感じる。

 お昼になり学食にいくと沙羅も授業が終わって、これからお昼を食べにいくところだったので、ならば一緒にということで向かったのだが丁度ピーク時らしく、かなり混んでいて、定食を載せたトレーを抱えて空席を探すが見つからないので、もう少しで食べ終わりそうな人を探してその側をウロウロすることにした。ようやく空いた席に向かい合わせで座り、矢も盾も射られないくらいお腹もすいてきたので会話をすることもなくパクついた。


 一心地着いた後、先程の「文学」の授業が面白くなかったことを沙羅に話すと、沙羅は沙羅で先程の「政治学」の授業はもっと面白くなかったので、半分寝ていたと、しかし隣にいる男の子がスマホでゲームをしていて、その音が気になってしっかり寝ることが出来なかったことなどを延々と話すのだった。二人とももうすぐ二十歳になるが、やはり大人になると難しい勉強もしなくちゃならないのかもしれない。これから社会に出て行くと、もっともっと難しいことに直面するかもしれない。そんなことを漠然と感じた。

 

 今日の定食は「豚のショウガ焼き」これが一番好き。横に添えてあるポテトサラダに生姜焼きのタレが実によくあう。生姜焼き自体も勿論美味しいのだが・・・。

 

 食堂の窓から見える屋外ホールでは、軽音楽部が練習をしている。文化祭の準備だろうか?私と沙羅は、吹奏楽部に所属していて、軽音楽部とは音楽系の部活で、演奏会などでお互いの部活で助っ人を出し合うなどで交流がある。それにしても、真っ昼間からこの暑いのに、寸暇を惜しんで練習とは「ご苦労様」と言いいたい。楽器が熱で壊れはしないか、と余計な心配をしてしまう。


「ねえ、そろそろ出よっか。」

さして楽しくもない、ぼやきのような会話を切り上げ、

「今から、何?」

「えっと何だっけ?」

講義棟まで続く街路樹の葉が青々と茂り、ミンミンゼミの『ミーンミーン』という鳴き声が鼓膜の奥の方まで入る混んでくるような夏の盛り、午後の講義に行くのは少し勿体ない。かといって、外で遊ぶというのも、日焼けしそうで、これまた考えものである。暑い上に長袖、フードに手ぶくろを締めて・・・という出で立ちにならないと、とてもではないが太刀打ちできない。しかし、考えようによっては天然のサウナのようなもので、ダイエットにも効果があるのかも等と下らないことを思いながら、曲がりくねった街路樹を通り抜ける。


 講義が終わると、今日は部活のある日だ。練習室として利用している402講義室に入ると、既に数人の部員が楽器を出して自主練習を始めていた。私はフルートを担当している。といってもこのフルートは実はかなり年上の従兄弟からの借り物で、マウスピースだけ自分で購入して吹いている。でも、今年の夏こそは本体を購入したいので、何かいいアルバイトはないか、模索しているところである。自称ではあるが「箱入り娘」なので、お金を稼ぐということに抵抗がないわけでもないのだが。お目当てのフルートはハンドメイド・モデルで銀が使用されているモデルなので、中古でも20万円以上はする。親にせがむ年頃でもないし・・・。

 

 フルートパートはみんなで5人、全員女子。男子がいればもう少し楽しい時間になるのかも知れない等と下らないことを思いながら、定期演奏会に向けて、本来の練習にも身を入れないと恥をかきそうで怖い。


 夜も8時をまわり、練習も終わり返りの電車を待っている間、駅前のロータリーで沙羅と少し話をした。

 「夏休み、横浜に行くんだ。」

 「へぇ、いいなぁ。」

 「誰と行くの?」とは敢えて聞かなかった。きっと彼氏だろうから、聞いたら何となくこちらが惨めな感じがする。沙羅の彼氏は、私たちの通う短大の近くにある国立大学に通っている3年生だ。確か、千葉だったか。関東の方の出身だったと思う。沙羅もアパート暮らしでよくその彼氏が遊びに来るらしい。今日も恐らく来るのだろう。余り想像すると何だかこっちが惨めになるのでよそう。


 そろそろ電車が来るので、沙羅と別れて、プラットホームに立つ。無人化されて一層さみしさが際立つ。都会と地方の格差というものはこんな形にも現れるのかも知れない。日本全体の人口は減ってきているのに東京など一部大都市の人口は増え続けているというのを聞いたことがある。

 2両編成の電車が既に真っ暗になったプラットホームに入ってきた。


 こんなことを言うと「甘ったるい。」と思われるかも知れないが、私は昔から人を本当に好きになればなるほど、その人に話しかけられなくなる。そればかりか、目さえ合わせることができなくなる。おまけに「好き」とばれてしまうのが怖い余り、逆につっけんどんな態度を取ってしまって、好きな人からは「胡散臭い奴だ」なんて思われて付き合う以前に逆に嫌われてしまう。そんな結末にいつもなっていた感じがする。

 そんな性格の自分がつくづく嫌になる。

 

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