その年の夏

正岡直治

第1話

 電車が駅に到着する。この町は、私(有川里莉)が住んでいる地区よりは少し開けた感じはするが、所謂一地方都市なので、気の利いたお店などもなく、ここに私の通う大学があるから来ているだけに過ぎない。

 「もう少し、都会に住めたらなぁ~。」車窓を眺めながら、ぼんやりとそんなことを思う。自分が数年前まで、思い描いていた大学生とは、こんなイメージだっただろうか。自宅から離れ、都会で一人暮らしをしている同級生達は今頃どうしているだろう。高校を卒業して、都会での暮らしの中、服のセンスとかも変わっているのかな。


 駅を出て小さなロータリーにでると、

 梅雨もすっかり明けて、夏の真っ青な空に真っ白な雲が浮かんでいる。

「あの雲は一体どこまでどこまで続くのだろう。」とぼんやり考えながら、大学までの、さっきまで乗っていた線路に沿った直線の道を歩く。道路と線路の間にある猫の額ほどの土地に、近所の人が植えたのだろうか、線路の向こう側に広がる海の色とは対照的に、鮮やかなオレンジ色をした、私よりも背の高い花が咲いていた。名前は分からないが、南方系の花という感じがする。わざわざ、南の島から取り寄せて、ここに植えたのかな。しかし、その隣からヘチマのようなキュウリがつるを絡ませていたので、勝手に生えてきたのかもしれない、よくよく見ると、色んな植物がごちゃ混ぜ、伸び放題で余り手入れもされていないような感じ、などと思っているうちに正門までたどり着いた。

 まだ、一応朝なのに昼過ぎのように暑い。


 講義室は薄暗く、誰も来てなくてしんとしていた。けれど、エアコンは効いていて外にいるよりは遙かにマシなので、しばらくここで座って待つことにする。大抵の子は、近くにアパートを借りて住んでいたり、寮に入っていたりするので、講義開始ギリギリに来ることができる。私のような自宅から通学してくる者は、電車の時間があるので、ぴったりに到着することは難しい。都会のように電車が次から次に来るわけではないので仕方がない。アパートでも借りていれば、更に彼氏でも出来ていれば・・・などと思う。


 自分では、「女子力」はあるつもりで、モテようと思えばモテる、と思ってはいるが、何故だかこれまで誰とも付き合ったこともなく、告白すらされたことがない。因みに、高校の頃は吹奏楽部に入っていた。音楽が好きというよりは、運動が苦手で、かといって運動系に入っている男子になんとなく憧れがあって、本当は運動系に入りたかったのだが、体力的には自信がない。そこで、運動以外で、男子が沢山いて、出会いがありそうな部活はないのかと探していたら、部員の多い吹奏楽部ということになった。


 何気なく、スマホをいじりながら「何かのはずみで、素敵な男の子から着信でもないかなぁ。」などと、起こりえないことを思いながら待っていると、廊下から「コツン、コツン」と足音が響いてきた。同時にガヤガヤとしゃべり声も近づいてきて、なぜか心臓がどきどきする。

 

 講義が始まる時間なのでスマホは仕舞い、教科書とノートを出す。よく分からないのだが、私には「講義を真面目に受けている清楚な子」という印象をもたれたい願望のようなものがある。「誰に対して」かと言えば、それもよく分からないのだが、今、講義室に入ってきた誰かがそれを見てて、その中に素敵な男子がいて、好意をもってくれれば嬉しい。実際には、教科書を見ても内容なんて全~然、分かんないんだけど。

 

 何組かのグループが講義室に入ってきた。男子だけのグループもあれば女子だけのグループ、男女が入り交じったグループなどぞろぞろ。そちらの方が気にはなるが、目を向けるのは何となく抵抗があるので、教科書を見ながら、耳だけは全力で男子の声を追っていた。隣にカッコいい男の子が座ってくれないかなと思う。


「私は今、誰かの目に、どんな風にか、写っているのだろうか。」

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