第5話-②

アルテミスが満足気に着席すると、すぐに審議が始まった。


「では、第六階位アレスの追放について、審議を行います。メンバーは、提案者の第五階位アルテミスと、天使長のユノ、そして第六階位アレスを除く七名とします。意見の定まったものから手を挙げるように」


「は、反対です!り、りゆうは……あ、アレスお兄さんがいなくなったら、さ、寂しいから……」

「賛成。理由は結界の性能テストには僕も参加したため。七割削れるってのは嘘じゃない。んで、魔物が七割減ったら多分、第六階位アレスって仕事ないでしょ」

 真っ先に手を挙げたのは、第八階位カストルと第九階位ポルックス。双子ともされる二人の天使はしかし今回は意見が割れたようだ。


「二人の意見が割れるのは珍しいですね。ほかの者は、どうですか」

棄権きけんする」

 つぎに端的に告げたのは第十階位ヘルメスだ。金髪の男性型の天使はそう告げるなり、また目を伏せる。いつもの事で、この寡黙かもくな軍用天使は事実こそ伝えるものの、自分の意見というものをおよそ告げたことがない。決議にさいし棄権するのもまた常のことであった。


第十ヘルメスっ!お前はまた……!!」

「よしなさい。他の者は?」

 目を釣り上げるアルテミスを、ユノが手で制する。


「んじゃ、私も賛成~。理由は~、うーん、第九ポルックスにお墨付きもらったし、この結界がすごい自信作だから?」

 第二階位フォボスもゆるりと賛成を表明する。


第二フォボスも賛成となれば、これは。分が悪そうだな)


 アレスがそう思うとほぼ同時、意を決したようにひとりが手を挙げた。第四階位イレーネだ。

「わ、私も…………さ、賛成、します!」

 アレスは少し意外に思う。第十階位ヘルメスが常に即断で棄権するのと裏腹に、この女性型天使は普段は最後まで迷っていることが多い。アルテミスも同様のことを思ったようだ。


「珍しいね第四イレーネ。理由とかあんの?」

「り、理由ですか!?ええと、ええと……。あのう、あのう、だ、第六階位が帰ってくると、下位天使の子たちが怯えるので……ううっすみませんすみません!!」

 イレーネの言葉に、アルテミスが吹き出した。それどころか、大声で笑っている。ここが会議の場でなければぶん殴ってやりたい。


「決めました。反対です」

第七階位プロメテウス

「なによぉ。理由を聞かせてもらおうじゃない」

 睨みを効かせるアルテミスをよそに、プロメテウスは眼鏡を指で持ち上げる。


「二点あります。一点目、天界の階位が欠けることに前例がない点です。主神アガスターシェの意向に反する可能性があります」


 主神アガスターシェは、すべての天使、あるいは人間を除くすべての種族の創造の主とも言われる存在だ。現在は天使長である第一階位ユノが代行しているとはいえ、天界の絶対的な権威であり象徴であることに違いはない。


「二点目は、新しい魔物の出現、または、我々が過去に封じた魔物が復活するといった理由で、戦力差が覆る可能性もある点です。よって私は追放に反対します」

「一理ありますね」


 ユノもこの意見には頷いたが、アルテミスは途中から指折り何かを数えていた。現在賛成が多数である以上、早く決議を取ってしまいたいのだろう。


「僕と一位と六位を除いて~……、あと意見言ってないのって第三だっけ?」

『…………左様で、あったか』

 ざらついたノイズ交じりの声が会議室に走った。第三階位アキレウスは常にこうした会議には念話テレパシー越しで参加している。理由は明白で、彼女の全長は10mを超えるため、いくら天界の天井が高くとも移動に困難が伴うからだ。


『賛成…………で、よかろう。最大の……脅威……が、あった時……の、ため、私……が、存在、する』

 アルテミスはその言葉に、にっとアレスのほうを見て笑う。

 (勝った)

 とでも言いたげな顔だ。


 アレスが彼女に突っかかる前に、ユノが再び立ち上がり、宣言する。

「結論は、下りました」

「上位天使議会は第六階位アレスの神核しんかくを剥奪し、永久凍結処分とします」




 会議室を離れても、ずいぶん長く、鎖につながれていたような気がした。

「まったく、アレスは人望ないなぁ」

「それは……、仰る通りで」

 アレスの鎖をほどいたのは、第二階位フォボスだった。会議が終わったあと、促されるままに彼女の部屋に通された。

 フォボスの部屋は散らかっていた。片隅に勝敗をつけ損ねた遊戯盤チェスボードが置かれているのを見て、アレスはなんとはなしに顔をしかめた。こうして二度と試合の出来ない状況になると、続けていれば勝てた試合であった気がして惜しくなる。

 実のところ、アレスとフォボスはそれなりに仲が良かった。アレスに魔物の討伐任務を下す役割を持っていたのがフォボスだったせいもあろうが、任務が終わったあと、きまぐれのようにお菓子をくれたり、ボードゲームに誘ってくるような、不思議な相手だった。


「追放だって。釈然しゃくぜんとしないかい?」

「いえ。……いつかは、このような時が来るやもとは、思っておりました」

「そうかい? 結界の資料は、私が燃やせと頼んだのにね」

「……」


 アレスは知らずため息をつく。文句を言ってやろうと思ったのに、迷子のような言葉ばかりが口をついて出た。

「何も聞かず、燃やせと。私にお命じになられたのは、私を追放するためですか。第五階位アルテミスに味方したのですか」

「私はあらゆる天使の味方だし、敵でもある」

 フォボスは相変わらず、掴めないままだ。ずっとふわふわとほほ笑む彼女は雲のようだった。

「本当は、こんな結界なんてない方がいい。なかなか物騒な魔法だからね。あれは、私の脳にだけ残しておくよ」

「それでも決議に際して私を庇わなかったではないですか。あなたはそこまで、私を嫌っておいででしたか」

「いいや?お前が居なくなるのは私も寂しい。けれど」


 なんということはないかのようにフォボスはアレスの元へ近寄った。家族にするように抱きすくめられて、そして——


 ドン!と、胸を強く押された。


 声を上げる間もなかった。あまりにもわずかの力で、ほんの少しの油断をついて、突き落とされた。

 風が強かった。魔力回路が正常に動作しないのがわかった。翼の筋肉が、骨が、もつれたように動かない。


「自由におなり、アレス!この天上の檻は、お前にはちいと小さいようだからね!!」


 ごうごうと唸る風の中で呆然と、ただ少女じみた笑い声だけが託宣のように響いた。

 ぱきり、とアレスの頭上から音が鳴る。光輪が割れ、流れ星のように空に散っていく。天使の存在の核である神核を失ったあかしだった。

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