第5話-①


 両腕を拘束され、足は鎖に繋がれた。鎖を引かれるままにアレスは歩く。


「なんのつもりだ。第五階位アルテミス

「はっ、とぼけるつもり?」

 鎖を引くのは少女の姿をした天使だ。少女は鎖を引き、アレスをにらむ。


 正天使せいてんし第五階位だいごかいい、アルテミス。金髪を二つに結んだ、愛らしい少女の形をしている天使だ。もっとも、アレスとは折り合いが悪く、こうしてけわしい顔ばかりを拝んできたが。


「上位天使を集めてある。今日こそアンタの罪を暴いてやるわ」

「罪とは、はて」

(どの話だろうな)

 とぼけたように首を傾げれば、アルテミスに苛立ったように鎖を強く引かれてつんのめる。ざらりと鼓膜を撫でる鎖の音は星屑のようだった。


 空にそのまま要塞ようさいと教会を立てたら、このようになるだろうか。特に上層は飛行能力を有する上位天使の出入りを想定しており、建物の配置はほとんど無作為に置かれた積み木じみたものだった。ステンドグラスから覗く空は暗い。天界の上層は雲すらも遥かに眼下にあるためだ。室内は魔法の光で照らされており、足元だけがいやに明るかった。

 アルテミスがこうしてわざわざ狭い道を歩いているのは、大方アレスをはずかしめるためなのだろう。俗っぽい趣味を持つ彼女のこと、罪人を引っ張るなんてシチュエーションをやってみたかっただけなのかもしれない。


 さておき、アルテミスはそのまま進むと、一つの巨大な白い扉の前で立ち止まった。

「さあ、入りなさい。罪人アレス」


 アルテミスが仰々しく扉を開くと、大理石の床の中央の大きな円卓が目に入る。壁には主神アガスターシェの与えた奇跡を描いたとされる絵画がある。

 ここは天界の会議室だ。彼女の言うとおり、既に他の上位天使は揃っていた。


「揃ったようですね」

 二人が着席すると、代わって一人の女性型天使が立ち上がった。

 天使長、統治と統一の天使、第一階位だいいちかいいユノ。凛とした立ち姿に、空を映したような蒼の瞳。不在の主神に代わる天界のトップだ。

第五階位アルテミス。進行を任せます」

「はぁい♡」

 アレスを連れていた時とは一転し、アルテミスはくるりと猫撫で声を出して立ち上がる。彼女は天使長にぞっこんなのだ。


「主神のもと、この者の罪を開示することを恐れ多くもお許しください。第六階位だいろくかいいアレス、この者は、天界を荒らしております。この者は追放されるべきなのです!」

 芝居がかった口調で、少女型の天使は語り始めた。彼女の語るに、曰く。

 

 普段は天界の周辺の空域の魔物を倒す任務を担っている天使、第六階位アレス。しかしこの彼、天界にとっては問題児である。


 たまに帰ってくれば、しょっちゅう小火ぼやを起こして第七階位プロメテウスと揉めるし、女性型天使の湯浴みを覗いた前科もある。天使長への失礼な発言も多く、主神への信仰心も見られない。


(まぁ、心当たりがないではないな)

 アレスはよくもまぁ覚えているものだと、半ば感心すらもってアルテミスの言葉を聞いていた。


 小火を起こしたというのは、第七か第十あたりに付き合って魔法の訓練をさせられた時の話だろう。厨房に忍び込んで茶菓子ひとつでもくすねて帰ろうとした時にうっかりオーブンを暴走させた時の話かもしれない。主神への信仰心は実際にないし、天使長についても同様だ。女湯の覗きについては、時間もわきまえず長風呂しているアルテミスのほうが悪かろうとは思うが、発言が許されていないため黙りこくるほかなかった。


 アルテミスはこうしたアレスのをつらつらと並べ立てたあと、ひときわ明らかな声で言った。

「極めつけは、第二階位フォボスさまの開発した魔法の設計書を燃やしたことですっ」

「なんと」

「……本当っすか?」


 これにはさすがにざわめきが広がる。第四階位イレーネが息を飲み、第七階位プロメテウスが怪訝な顔で問い直す。


「ええ、本当です。……第二階位フォボスさま、詳細の説明をお願いしてもいいでしょうか」

「魔法の説明もしてもらったほうがよろしいかもしれません」

「はぁい」

 第五階位アルテミスと第一階位ユノに促され、小柄な天使が「よいしょ」と言って立ち上がる。ふわふわとした白い髪に、まどろむような灰色の瞳の上位天使。思索しさく検閲けんえつの天使、第二階位フォボス。天界のトップ2であり、天界の魔法開発の責任者だ。


「じゃあ、私が開発した魔法――大結界について説明しようかな。結論から言うと、天界の周りにめちゃ強い結界を張りまぁす!」

 フォボスはゆるりと告げるが、結界魔法は魔法のなかでも難度が高い。疑問を持ったらしき第七階位プロメテウスが手を挙げる。


「どの程度、魔物の侵入を防げる見込みですか?」

「誰も彼も通さないってわけじゃないかな。効果は下級の魔物のみ。まぁ、七割くらい? あと、防ぐんじゃなくて、そのまま削り切って倒す魔法だよ。すごいっしょ」

「すごいもなにも……」

 第七階位プロメテウスが静かに息を飲んだのが、アレスにも伝わった。普段インテリぶった彼女がこうして素直に驚くのは珍しい。

「あり得ない、偉業です。誰にも成し得ない」

「でしょ。もっと褒めてぇ!」

「……しかし、第六。その設計書を燃やすとは……」


 プロメテウスの発言は、アルテミスにとっては追い風であったようだ。畳みかけるように彼女は言う。


「魔物の真に厄介な点は群れるところです。上位種の数匹しか立ち入らぬのであれば、わたくしや第十階位ヘルメスでもじゅうぶんに対処が可能かと存じます。アレスはもとより『だらだら』と魔物を倒して数百年と過ごしてきた身。結界の完成した今、第六階位アレスは天界にとって必要な翼ではありません。まして、その設計書を燃やした!これは大罪ではないでしょうか!」

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