第2話

 アレスとシャウラの出会いから一週間。

 アレスを城に迎え入れるにあたって、シャウラはずいぶんとうつけ者を演じねばならなかった。


 具体的には、アレスに関して、

「俺が魔物に囲まれた際、圧倒的な力で魔物を打ち倒してくれた。その鮮やかさ、この国のどんな魔法使いも勝てまい。俺はすっかり感激してしまってな、しかも魔法だけではない、剣も槍も弓も扱えるという。このような貴重な人材をなぜむざむざ世に放り出すことがあろうか。迎え入れることに何ら問題あるまいな?」


 と両手を上げて歓迎する振りをした。

 どころか、連れ帰ってからは何をするにもアレスに意見を求める始末で、城の中では、王子はあの天使が居なければ夕飯のメニューすら決められぬのではないかとささやかれるほどであった。


 無論、アレスを招き入れることに直々じきじきに反対した家臣かしんの数も、片手どころか両手の指でも足りぬほど居た。


「で、殿下。シャウラ殿下、お言葉ながら、申し上げます!」

「何だ」


 シャウラは今、本日三人目の応対をさばいているところだ。ちなみに時刻はまだ午前である。

 しかし貴族というのはなんというか、手を揉みもみ、こねこねする習性があるのだなあ、とシャウラは思い、最早もはやのんびりとした気持ちで眼前の中年の男を眺めた。シャウラの態度にかえって慌てたか、男は言いつのる。


「あれは、危ない、そう、危のうございます!殿下!」

「あれとは、なにか」

「あ、あの、堕天使です!アレスとかいう、私も先程廊下で見かけたのですが、あれは、あれは何ですか!?」

「何を言うかと思えば、私を助けてくれた相手を『あれ』呼ばわりか」

 シャウラはむっと、ほおふくらませる。十歳相応そうおうに可愛らしくやったつもりだったのだが、相手は肩をびくりとすくませてしまった。


「私や城の者に向かって実際に刃物を振り上げたわけでもあるまい。なぜそう言い切れる?それとも何か、何か粗相そそうがあったか」

「あ、あの者、星が読めませぬ。今は良いものの、シャウラ殿下に害が及ぶやもしれませぬぞ」

「天使だからな。人のように占っていては、読めるものも読めまいよ」

「いやしかし、城に入れるなど、気まぐれはお控えなさいませ。そう!私の妻もメイドたちも怯えております!!」

(怯えているのはお前だろうが)

 とは口に出さず、シャウラはにっこりと笑う。


「気持ちはわかるぞ、私も迷ったのだ。しかしあれはゆくあてもないというから、これは天の意思ではないかと思ってな」

聞こえぬ程度に小さく、シャウラは舌打ちをする。本来ならばこんなこと、口に出すのもおぞましい。


「星の、と言い換えることも出来るやもしれぬ」

「ほ、星の、でございますか。」

「左様。俺は生まれた時より凶星と読まれ、それに従うように母上も父上も……」

 手をこねておどおどとしていた男が、この話になった瞬間、祈るように静かに両手を合わせ、急に落ち着いたのがシャウラにもわかった。


「アレスは、そんな俺やこの国を心配し、天がつかわした使いなのだ。きっと」

「ほう、ほう!左様ですか!」

「ならばこそ、なんとしてでもこの苦難の峠を乗り越えねばならぬ。協力してくれるであろう?」

「ええ、ええ!勿論ですとも、殿下!」

 シャウラは家臣を笑顔であしらい、熱い握手を交わしたように見せかけながら、心の中に名前をしっかりと控えている。


言質げんちは取った。俺が即位したあかつきには、遠方えんぽうの管理を任せるとしよう)

 星の神を信仰しつつも、表向きシャウラに対していい顔をしようとする者は扱いやすかった。彼らはシャウラが正式に即位した暁には地方に飛ばされる第一候補となろう。


 男を見送って一人になると、シャウラは長椅子に崩れ落ちるように座った。


(今は、この手のたぐいはこうして追い返すしかないな。…………、『今は』)


 心の臓が跳ねるのは、演じることへの恐怖ではない。期待だ。


(誰も彼も、この先の星が読めぬことを恐れている。アレスのことは誰にも占えないということ)

(さらに、占い狂いの家臣どもをあぶり出す材料にもなるとは、好都合にもほどがある)

(そうだ。あの赤毛の猟犬りょうけん手綱たづなを握るのは俺だ!やすやすと手離しはせんぞ、この国を変えるのだ!)


 シャウラは笑い出したい気分である。こうして、日に日にシャウラは自分の思いつきが正しかったという確信を深めていた。

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