ロボットと老婆

うり北 うりこ

第1話


 あるところに、金持ちの老婆がいた。


 彼女はいつもイライラしていた。理由なんて、いつも違う。メイドに怒鳴りちらし、手に持っている杖で小突く。


 最初の頃は人間のメイドが老婆の世話をしていたが、誰も長くは続かない。

 仕方なしに、老婆はロボットを三体購入した。最新型のメイドロボットを。そのロボットたちは家事を全てこなすことができた。


 二足歩行で歩き、会話もできた。だが、問題もあった。それは──。


「まったく、融通が効かないロボットだね。あたしは、ハンバーガーとポテトが食べたいんだよ!」

『体に悪いので却下』

「却下じゃないよ! さっさと買いに行ってきな」

『体に悪いので却下』

「何が体に悪いだい。食べ物ですら好きにできないなんて、どうにかなっちまいそうだよ」

『大変。すぐに寝ろ』


 ロボットは老婆を頭の上に乗せると、ベッドへと運んだ。そして、老婆を布団のなかに押し込んでくる。


『これで安心。良かったな』


 終始、こんな感じなのだ。

 杖でロボットを小突いたこともあったのだが、『凶器、いけない』と杖を瞬時に真っ二つに割られてしまったこともあり、老婆は杖で小突くのを止めた。



 家事に関しては優秀なのだが、三体すべてのロボットが老婆の言うことを全く聞かない。

 老婆は日々の鬱憤が溜まるばかりだ。


 

「心臓が悪くて歩くと息切れがするんだ。なんとかしなさい」

『代わりの心臓は、若い女が必要』

「若い女……って、何をする気だい?」

『代わりの心臓は、若い女が必要』


 老婆は、『もういい』と諦めた。それからしばらくは何も言わなかったが、やはり退屈、持病、寂しさ、自己効力感の不足などが重なり、苛立ちは増す一方であった。



 そんなある日、外から楽しげな子どもの声が聞こえてきた。その声に苛立った老婆は思わず言ってしまった。


「近所で遊ぶ子どもの金切り声が、あたしの心臓を締め付けるわ。このままじゃ死んでしまう。なんとかなさい」

『わかった。包丁を研いでくる』

「ちょっと待ちな! 怪我をさせたり、殺したりはいけないよ」

『わかった。怪我をさせたり、殺したりはしない』


 珍しく、ロボットは老婆の言うことを理解してくれた。そもそも、安全設計によりロボットは人間を傷つけられないようになっているのだが、機械に疎い老婆が知るわけもない。


 次の日から、パタリと子どもの声がしなくなった。いや、子どもどころか近所の人の声もしない。


「ロボット。おまえたち、何をしたんだい」

『何をした。朝ごはんを作った』

「違うよ! 昨日、近所の子どもたちに何をしたんだい」

『脅した』

「どうやって?」


 老婆がそう聞くと、ロボットはキッチンから包丁とリンゴを持ってきた。そして、リンゴを老婆の目の前のテーブルに置く。


『危ないから、動くな』


 そう言うや否や、ロボットは包丁を投げた。その包丁はまっすぐに飛び、リンゴへと刺さる。

 勢いがつきすぎたせいで包丁はリンゴを貫通し、木製のテーブルにまで刺さっている。


『この家の近くでさわぐと、次はお前の頭に命中させる。そう言った』


 ロボットは包丁をリンゴとテーブルから引き抜き、老婆の目の前でスルスルと皮を剥いてから、カットする。


『召し上がれ。リンゴは動脈硬化を抑制する効果がある』


 ことり、と目の前に出された皿に乗ったリンゴを老婆は黙って食べた。

 それをロボットは満足げに頷いて眺めた。



 数日が経った。

 窓から人の声が全くしなくなり、静かになったことで老婆は別の音が気になるようになっていた。


「飛行機が上空を飛ぶ音が、あたしの心臓を膨張させるわ。このままじゃ死んでしまう。なんとかなさい」

『飛行機を撃ち落とす方法はあるか?』

「撃ち落とす以外でなんとかなさい」

『飛行機を撃ち落とす方法はあるか?』


 相も変わらず話が通じないロボットに老婆は溜め息を吐き出した。

 

「おまえたちは、家事全般のロボットなのに何故そんなに過激なんだい。飛行機を撃ち落とすんじゃなくて、地下室でも作っておくれ」

『地下室。わかった。予算は?』

「あたしが死ぬまでに生きていける額さえありゃ、なんでもいいよ」


 一体のロボットは買い物へと出掛け、もう一体は部屋の寸法を計り、残りの一体は設計図を描き始めた。


「おまえたちは、本当に家事全般のロボットであってるんだろうね……」


 小さすぎる老婆の呟きは、ロボットへとは届かなかった。

 この日から、老婆は工事音に悩まされることになる。


「うるさいから、静かにやんな」

『地下を静かに作ることは不可能』


 問答無用で老婆は耳栓をねじ込まれた。


「振動で腰が痛くて敵わないよ。なんとかなさい」

『ホテルを予約した。三日間、避難する』


 ロボットのうちの一体の頭に乗せられた老婆は、ホテルへと押し込まれた。

 一体が老婆をホテルで甲斐甲斐しく世話をし、もう二体が地下室を作っていく。


『家に帰る』


 ロボットの宣言通り、本当に三日で家の地下に部屋が完成し、老婆は再びロボットの頭に乗せられて家へと帰った。



「散々な目にあったよ。まったく……」


 老婆はまた盛大な溜め息を吐いたが、地下は静かで驚くほどに快適だった。だが、何もすることがない時間が老婆を再び苛立たせた。


 その苛立ちは、ロボットへと向かっていく。


「おまえたちの頭上をパタパタ動き回る音が、あたしの心臓のリズムを狂わせるわ。このままじゃ死んでしまう。なんとかなさい」

『家事をする上では仕方がない。諦めろ』

「それなら、数を減らしな。一体以外はバラバラにして処分しなさい」

『わかった』


 ロボットは老婆の目の前で仲間を分解した。そして、手早くネジなどの部品をゴミ袋にまとめていく。


『不燃ごみがたくさん出た』

「そんなもん、ごみの日に捨てればいいだけの話だろ」

『わかった』


 ロボットはたくさんのがらくたを持って地下から地上へと上がっていった。

 足音が一つになったが、パタパタと頭上から音がすることには変わりがない。


 歩けば息が上がり、満足に動けない老婆の苛立ちはおさまることはなかった。


「まだうるさい。不整脈が、不整脈が……」


 老婆は、考えた。どうすればロボットの動きにも不自由さが出るのかを。

 自身と同じ不自由さを感じてくれるのかを。


「これからは、私の心臓の音に合わせて動きなさい」

『わかった』


 ロボットは老婆の胸にマイクを貼り付け、自身の集音機器に接続した。そして、老婆の胸の鼓動音を聞いた。

 

 とっ、とっ、とっ、とととっ……とっ、とっ……とっ、とととっ……、とっ、とっ。


 ロボットは、老婆の鼓動の音に足音を一致させながら移動する。


 パタッ、タッ、タッ、パタタッ……タッ、パタッ……タッ、パタタッ……、パタッ、タッ。


 不自由そうな、下手くそなダンスのような動きに老婆は満足感を得た。

 不自由なのは、自分だけではない。そのことが、老婆の心を満たしたのだ。


 その日から、老婆は言いがかりをつけることをしなくなった。ロボットの動きが滑稽だから、老婆はそれを見るだけで愉快な気持ちになれた。

 

 ロボットは老婆の不整脈にリズムをあわせて家事をこなす。


 パタッ……、タッ…………、パタタッ……タッ、タッ……、パタタッ…………、タッ……、タッ。


 三体から一体に減り、動きも遅くなったことで老婆への世話が滞り始めたが、それでも老婆は何も言わなかった。

 動き回る足音を聞くよりも、よほど不自由な方が良かったのだ。


 

 やがて、老婆の鼓動音は、徐々にゆっくりになっていった。それに合わせて、ロボットの足音も徐々にゆっくりになっていく。


 一秒に一回も鳴らなくなった鼓動に、ロボットも一秒に一歩も歩かなくなった。

 

 

 そして、ある朝。老婆の鼓動が、完全に止まった。

 老婆の鼓動に合わせて動くよう命じられていたロボットもまた、完全に止まった。


 それからずっと、止まっている。


 大きくて広い一軒家。その中では老婆とロボットが時を止め、老婆の肉体は腐敗し、ロボットはホコリをかぶっている。

 

 老婆が購入したロボットは、果たして本当に家事全般をこなすロボットであったのか。

 それは──。



 

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