第15話
教会を出た後、アーセタは青年と一緒に町を外れて山へ向かった。
町の人間も今は優しく挨拶を返してくれているが小さな町だ、噂が広がるのは時間の問題だろう。また青年が嫌悪の視線を晒されるのが嫌で、人のいないところを選んだのだ。
山には樵だった祖父が残してくれた山小屋があり、子供の頃はよく遊んでいた。
古い丸太小屋だったが、夏になると家族全員で別荘代わりに使っていたこともあり、最初はただの薪にした木を蓄えておくところだったが、今では薪の保管庫よりも居住するスペースのほうが広く、生活するのに差し支えがない。豪華な寝具や家具はないが、取り敢えず生活をするには十分なところだ。
「いいところだね」
丸太小屋の前で辺りを見回して、青年が気持ち良さそうに大きく深呼吸をした。
森の中にぽつんと取り残されたように建つ丸太小屋。いつしかアーセタはここにこなくなってしまったが、改めて言われると素晴らしい事なのだと気付かされる。
「なにもないけどね」
綺麗な服や可愛い小物を求めて、この場所よりも賑わう町を求めてしまった。
「君と、たくさんの自然があるよ」
青年がアーセタを見つめて微笑んだ。臆面もなしにそんなことを言われて、アーセタのほうが照れてしまい、青年を直視できずに俯いた。
「どうしたの? 顔が赤いよ?」
「なんでもない!」
青年が優しく声を掛けてくれるが、アーセタは小さく頭を左右に振って答えた。
「熱があるなら僕が治してあげる」
青年が気遣ってくれて額に手を伸ばしてきた。熱などないのは自分が一番分かっている。
あの力を使ってくれても治らないものだ。そしたら青年は不信に思うだろう。アーセタはその手を取って握り締めると、丘に向かって駆け出した。
「来て。見て欲しいものがあるの!」
丘からは周囲を見渡せる場所がある。二人がこれまでいた小さな町は勿論、遠くに立ち並ぶ山脈や、その山中にある湖も一望することが出来るのだ。
「綺麗なところだね。空気も澄んでいるし、体が凄く楽になる」
景色を眺めながら深く深呼吸をして、囁きと一緒に言葉を洩らした。
その横顔を見つめていると、アーセタはなんだか嬉しくなって自然と笑顔になっていた。
「ここね、私のお気に入りの場所なんだ。嫌なことがあったりするとね、ここに来るの。
いい場所でしょ?」
青年の隣に並んで一緒に風景を見つめながら、アーセタは微笑んだ。
「うん。君のお気に入りの場所っていうのが良く分かるよ」
青年に褒められると、ここが好きでいるのは可笑しくないと肯定してもらえた気がして嬉しくなった。同じ年の友達には、誰一人としてここを良いと言ってくれる人がいなかったのだ。
「えへヘ。良いよね。やっぱりここ。だけど、あんまり評判良くないんだよね」
「そうなの? 僕は好きだよ。ありがとう。教えてくれて」
「ん……」
そのまま二人は並んで夕日が沈むまでその場に佇んで眺めていた。
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