第13話
教会に行くと、相変わらず長蛇の列ができていた。
この町には、長い間医者と呼べる医者がいなかった。いるにはいたが、コータのような大きな町の病院に行けば看護師にも劣る処置しかできないものばかりだ。
だから、青年が幾ら癒しても病気や怪我をしているものが尽きないのかも知れない。
「戻ったよ。大丈夫疲れてな……」
アーセタは教会に入り、青年の私物を置いておいた机を見て驚愕に言葉を失った。
机の上に水はなく、温かい紅茶やお菓子などが並べてあったのだ。
「ねぇ、私が置いといた水は?」
まだ一緒に置いてあれば、青年が喉が乾いたときに選んで飲むこともできる。だが、アーセタが用意していった水が机の上に見当たらなかった。
「ああ、お湯を沸かすのに使ったわ。まったく水しか用意してないなんて気が利かない女ね」
町の人を送り出したブラーリが、勝ち誇った顔で嘲笑うように言ってきた。
「彼が、紅茶がいいって言ったの?」
アーセタは呆然として問い掛けながら青年を見ると、青年は困ったように苦笑を浮かべた。
「僕は水がいいって言ったんだけどね」
「私が紅茶を用意してあげたのよ。水なんかより紅茶のほうが良いに決まってるでしょう?」
言いようのない怒りが込み上げて来て、アーセタはブラーリを睨みつけた。
「水が良いって言ってるのに、なんで水を全部沸かしちゃったの?」
植物にお湯を掛けたら枯れてしまう。子供でも知っていることだ。青年を植物扱いするつもりはないが、紅茶に手を着けてないところを見ると、口に合わなかったのだろう。
「それはあんたに気を使ったんでしょう? 水なんかより、紅茶のほうが良いに決まってるじゃない。バカね」
ブラーリは反省をするどころか、アーセタをバカにして嬉々として言い放った。
「それじゃあ、なんで手を着けてないの? 水が好きな人だっているじゃん」
「あ、僕なら大丈夫だから」
アーセタが怒っているのに気がついたのか、青年が宥めてくる。
「それは! 忙しかっただけでしょう!!」
「飲み物も飲めないくらいの重労働を強いていたの? 何のための付き人?」
自分を正当化させようと声を張り上げて捲くし立ててくるブラーリを睨んで、アーセタは淡々と言い放つ。
「なによ! 苦しんでる人を助けるのがその人の仕事でしょう? だったらいいじゃない!」
ブラーリはあくまでも自分の否を認めようとしない。それは別にどうでも良かったが、青年の身体が心配だった。無理を重ねると体が植物になってしまうというのに、こんなに人の治療をさせるなんてどういうつもりだろう。
しかも訪れてくる町の人は、どれも青年の術が必要なほど重傷ではない人ばかりだ。
下手をすれば、安静にする必要もないようなかすり傷や擦り傷のものまでいる。
どんなに小さな傷でも、その場で癒えればそれは申し分ないだろう。
だが、町の人は判ってない。その傷は青年が肩代わりをしているから治るのだと。
一つひとつの傷は軽く浅いものでも、数多く重なれば深い傷になる。
その傷は、すべて青年の体に刻まれている。
「このくらいの傷、わざわざ治してもらわなくてもいいんじやないの?」
「いいじゃない。あっという間に治るんだから。みんな痛いのは少しでも早く治したいものでしょう!」
「でも特殊な力だって分かるよね? それを使ってるんだよ? 凄く疲れるんじゃないのかなとか思わないの?」
普段ならばここまで言わない。それなのに感情が昂ぶって、口を止めることができなかった。
「なによ! うるさいわね! 町の人が助かってるんだから良いでしょう! えらそうに! アーセタのくせに生意気よ!」
ブラーリは声を荒らげると、護身用にでも持っていたのか手のひらサイズのハンドガンを取り出してアーセタに向けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます