第11話
翌日、陽も昇らないうちに二人は待ち合わせて、街の中央にある教会にいた。
今日も町で苦しんでいるものを救うため、訪れるものを治癒しようとここで待っているのだ。
しかし、まだまだ起きている人は特殊な職に着いている一部の人だけの時間帯だ。
こんな時間に訪れてくるのは、今すぐ命を左右する怪我や病気に苛まれているものだろう。
実際に、今は教会にアーセタと青年しかいない。
アーセタは青年が喉を潤わすときに飲むために、森で一番綺麗で美味しい湧き水を汲んできて用意していた。冷やしたほうが良いのかと思ったが、青年は常温を好むらしい。
人が訪れてくるまでは二人きりだ。アーセタは、青年との静かな時間を楽しんでいた。
「このまま誰もこなければいいのにな」
青年が人を救うのを使命にしている以上、それは思ってはいけない事だと分かっているが、そう思わずにはいられない。二人の時間を壊されるのは嫌だが、まだ我慢はできる。
ただ人を救うたびに、青年の体が蝕まれていくのが辛いのだ。青年は後何人なら救っても大丈夫なのだろう? 後何回ならあの術を使っても樹木にならずに済むのだろう?
遠くない未来に絶対に訪れる別れと言う、目には見えない恐怖だけが沸々と込み上げてくる。
「誰も来なきゃ、僕がここにいる理由がなくなるよ」
青年は困ったような笑いを洩らすと、肩を竦めてアーセタを見返してくる。
「だけど……」
アーセタが言い淀んで俯くと、青年はその心意を悟ったように微かに微笑んだ。
「大丈夫だよ。樹皮化はそんなにすぐには進まない。吸収した人を浸蝕しているものが、僕の許容範囲を超えたときに少し進むだけだよ。だから、そんなに神経質になるほどじゃない。
大丈夫。僕はまだ君と一緒にいられる」
「うんっ。それなら無理しないように、わたしが調整するね?」
アーセタは青年に近付くと寄り掛かった。
青年は嫌がる素振りを見せずに、微笑んでそのままでいてくれた。
「うん。僕も非常事態じゃなければ、君の言う通りにするよ」
寄り掛かるアーセタの頭に頬をすり寄せるようにして、青年が優しく囁いた。
その後、数時間は二人の時間を楽しんだが、時刻が七時を回った頃、一人の老人が訪ねてきたのをきっかけに、大勢の人たちが押し寄せてきた。
水を飲めば回復するという青年の話を信じ、数人に一人の割合で休憩を取り、山から汲んで来た綺麗な湧き水を飲ませた。
町の人たちは待たされて不満を上げるものもいたが、青年が市役所の人に事情を説明すると、市役所の人が町の人に説明してくれ宥めてくれた。
一大事の人は少なく、市役所の人が愚痴を聞いてあげれば、町の人も急かすことなく待ってくれ、青年は十分な休憩を取りながら治療をすることができた。
「大丈夫?」
それでも町の人の怪我や病を体内に取り込んでいることには変わらない。
アーセタは心配になって訊ねてみた。
「大丈夫だよ。凄く快適に浄化をさせてもらっている。許容量はまだまだ遠い」
青年は柔らかく微笑んで、くすりと喉を鳴らした。
「うん。それじゃあ、再開しようか」
二人は休憩を終えて、再び町の人の浄化を再び始めた。
青年は何人も、何人も患部に手を翳してその苦しみを吸収し続けているのに、アーセタはただ傍で見ていることしかできないのが歯痒かった。
青年になにもして上げられない自分が嫌で、アーセタはせめてもと湧き水を汲みに行った。
「あんたなんのつもり? 聖人様にくっついて、付き人にでもなったつもり?」
森に向かおうとしたアーセタに、町で一番のお金持ちの娘であるブラーリが声を掛けてきた。
肩口まで伸ばした明るい茶色の髪をした少女だ。髪の一本一本が細く、天然パーマも手伝ってふわりと可愛らしく広がっている。顔が小さく、肌の色は透けるように白い。
雑誌で見るような可愛らしい淡い色のワンピースを着ていて、腰に手を当て仁王立ちで睨んでくる。猫のように大きく釣り上がった瞳をしていて、睨んでいる顔さえも可愛らしい。
彼女のような容姿ならば、あの青年と並んでも絵になるのだろうなとぼんやりと思った。
よく言われる言葉だが、神様とは本当に不公平だ。
「何で黙ってるのよ! なんとか言いなさいよ!」
アーセタの思いなどお構いなしで、ブラーリが怒りを隠そうともせずに捲くし立てる。
「あの人の許可は取ったよ? そしたらお願いするって頼まれたの」
「それならわたしでも良いってことよね? 後は私がやるから、あなたはもう帰りなさい!」
アーセタの言葉にブラーリは嫌な笑みを浮かべると、教会に入っていこうとした。
「だめだよ。だってブラーリ、気が利かないじゃん」
「なんですってぇ!?」
付き人として肝心なのは、相手がなにをして欲しいのか察する力だと思う。これまで自由奔放に生きてきたブラーリに、青年が望むことが分かるとは思えなかった。
「あ、ごめん。でも、ブラーリにあの人の望むことが分かるのかなって?」
それも勿論本当に思ったことだったが、青年に近付いて貰いたくなかった。
「バカにしてるの! あんたにできることくらい、私にだってできるわよ!」
どうやらブラーリも青年のことが気になっているらしい。こんな田舎に住んでいるのだから、やはりあんな美青年に会ったら気になって当然だろう。
青年がブラーリを気に入ってしまったら自分はもうお払い箱だなと思いながらも、ブラーリを止める理由も見つからず、アーセタはブラーリに任せるしかなかった。
「じゃあ、私は水を汲んでくるから、傍にいて無理しないように見ててくれる?」
「任せなさい!」
アーセタが渋々と青年の世話を頼むと、ブラーリはアーセタよりも乏しい胸を張った。
得意になって言うブラーリに少し心配になりながらも、今自分にできるのは青年のために綺麗な水を汲んでくることだと、アーセタは山へ向かった。
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