第6話

 周りにはなにもない夜の道をアーセタは走った。遠くにお祭りの明かりが見える。

 この町に来た青年は、きっとあの光を頼りに歩いているはずだ。

その音が聞こえてきそうなくらいに、月と星が瞬いている夜だった。

暗くて細い道の先に青年の姿を見つけた。青年はゆっくりと町に向かって進んでいる。

「待って……、ちょっと待ってください!」

 アーセタが息も切れ切れでどうにか声を掛けると、青年は足を止めて振り返った。

「君……。どうしたの?」

 青年は不思議そうにアーセタを見つめると、小首を傾げて問い掛けてきた。

 月の光が青年の体に降り注ぎ、まるで金色の光を放っているように見える。

 青年には追いついたが、全力で走ってきたため、息が切れて言葉を発することができない。

 青年は嫌な顔一つしないで、アーセタの息が整うのを待っていてくれている。

「あの……! ありがと……うござ……いました!」

 少し息の整ったアーセタが切れ切れの言葉でお礼を伝えると、青年は優しく微笑んだ。

「それを言うためにわざわざ追いかけて来てくれたんだ? ありがとう。嬉しいよ」

「そんな! 助けて貰ったのはこっちなんですから、お礼くらい言わせてください」

 アーセタが袖を掴んで言うと、青年は笑みを深くさせて小さく声を洩らした。

「いや、わざわざお礼を言うのに、そこまで一生懸命になってもらったことなかったから。

 だけど、そうだね。それじゃあどういたしまして」

 青年は瞳を細めて柔らかな笑みを浮かべると、アーセタの頭を軽く撫でた。

「僕はもう行くね。町長さんたちに待っててもらっているから。

 病気は消したからもう大丈夫だと思うけど、一応気をつけて」

 微笑んだままで言い残すと、青年は踵を返して再び歩き出した。

 アーセタは青年が見えなくなるまで、その背中を見送った。


 青年が見えなくなると、アーセタは自宅に戻り、改めて自分の家を見て恥ずかしくなった。

 この家が当たり前で、今まで特になにもおもわないで暮らしてきたが、こんなところにあんなまるで天使のような男性を招き入れてしまった。

 どう思われただろう? 何も言ってなかったが、みすぼらしいと思っただろうか?

 母親の一大事だったため、仕方がなかったとはいえ、掃除くらいはしておけば良かった。

 普段、家に来るのは両親の知り合いくらいだったから、気が回らなかったのだ。

(せめて、来るのが分かってたらなぁ……)

 青年がここに来たのは状況であり、成り行きだ。予定があってきたわけではない。だから、前もって分かるのなんてあることはないのだが、そう思わずにいられなかった。

 スダヌーはまだ母親にべったりとくっついている。母親も顔色がよくなり、大丈夫そうだ。

 アーセタはもう一度ちゃんとお礼が言いたくて、話がしたくてそっと家を抜け出した。

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