第5話

 アーセタは青年を連れて自宅へ戻った。

 ただでさえ古い町の、その中でも一、二を争う古い家であり、床は踏み締めるだけで軋みを上げるほどだ。床板が割れているところや、壁や柱には棘が出ているところもある。アーセタは家に着いてから、こんな綺麗な青年を連れてきたことが恥ずかしくなった。

「姉ちゃん、お医者さんは?」

 母親の寝室に行くと、アーセタの言いつけを守っていたスダヌーが、言いつけを守って母親の手を握り締めたままで振り返り、不安そうな表情で問い掛けてきた。

 母親は発作が止まらず、苦しそうにしながらソファーからベッドに移って横になっている。

「ごめん。お医者さんには断られちゃった」

 ちゃんと言われたことをやっていた弟に対して、姉なのに薬も医者も用意できなかったことで、合わせる顔がなかった。

「そんなぁ……。かぁちゃんはどうするんだよ? おれ、言われたことちゃんとやったよ?

 なのに、どうしてお医者さん連れてきてくれなかったの?」

 スダヌーは瞳に涙を溜めて必死で訴えてくる。

「ごめんねぇ。お姉ちゃん頼りなくて。だけど大丈夫。この人が助けてくれるって」

「え?」

 アーセタが言うと、スダヌーは顔を上げて青年を見つめた。青年は優しく微笑み返した。

「任せて。君のお母さんは僕が助けるよ。そこで見ていて」

 青年がスダヌーの髪を撫でながら澄んだ声で言うと、母親の手を握り締めた。

 青年の体から淡い金色の光が溢れ出し、流れるように母親の体に移っていく。

 そして、母親の体を満遍なく満たすと、一際強い光を放って蛍火になって飛び散った。

「けほっ」

 青年が小さく咳をした。アーセタは心配になって青年を見つめたが、青年は立ち上がるとベッドから離れて二人に微笑みかけると小さく頷いた。

 母親の発作はいつの間にか治まっていて、瞼をぴくっと小さく震わせると、ゆっくりと瞳を開いて二人を見つめてくる。

「アーセタ、スダヌー」

 母親がベッドに横になったままで二人を見上げて名前を呼んだ。

 薬を飲まずに発作が治まったのは始めてのことで、二人は嬉しくなって母親に抱きつく。

「おかあさん!」

 母親は優しく抱き返してくれ、三人は抱き合いながら喜びを分かち合っていた。

 その時、扉が閉まった音がした。

アーセタが母親から離れて部屋を見回すと、そこに青年の姿はなかった。

 喜ぶ三人に気を使って黙って行ってしまったのだろう。このまま行かせてはだめだ。まだお礼も言っていない。青年に会うためにアーセタは慌てて家を飛び出した。

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