第4話

 町にとってよほどの重要な人物なのか、町長は多少イラついているようだ。

だけど、アーセタにしてもここで引くわけには行かない。母親の命が掛かっているのだ。

「町長さん、町を出る許可をください。隣町にお薬をもらいに行かないと、お母さんが!」

 アーセタは町長を見つめて訴えた。町長さえ許可をくれれば、ミウレゼもこれ以上は止めないだろう。大事なお客さんが街に来ているとなればなおさらだ。町長は面倒臭がって許可を出してくれると思った。

「こんな時間に町から出ることなど、許可できるわけがないでしょう。明日にしなさい!」

 切れ長の鋭い瞳でアーセタを一睨みすると、町長は冷たく言い放った。

「そんな! 明日まで待ってたら、お母さんが死んじゃうかも知れないんです!

 お願いします! 歩いて行きますから。ご迷惑は掛けませんから! 許してください!」

「あなたはリルイさんのところの娘さんでしたね。発作が起きても、命を落とす確立は極めて低いと伺っています。苦しんでいるとしても、命を落とすことはないでしょう。

 だけど、あなたが今町を出たら、ここに帰ってこられない可能性のほうが高いのですよ?

 それがあなた方家族の為でもあるのです。明日にしなさい」

 町長は冷たく言い放つと、もう用はないとばかりに立ち去っていってしまった。

「そんな! でもお母さんは、今苦しんでるんです……」

 アーセタは去って行く町長の背中に向けてなおも続けるが、その声は町長には届かなかった。

 アーセタは絶望して、その場にへたり込んでしまった。その肩にミウレゼが手を置いた。

「ほら、町長も言っていただろう? こんな時間に町を出るのは危険なんだ」

 慰めてくれているつもりなのだろうが、今はそれさえも腹立しい。アーセタにとっては自分なんかよりも、母親のほうが大切なのだ。なにもできない自分が歯痒くて、悔しくて俯いた。

「君……、どうしたの? なにかあった?」

 その時、聞いたことのない、優しい男性の声で話し掛けられて、アーセタは顔を上げた。

 そこには昼間に教会で見た、金髪で優しい緑の瞳をした男性が立っていた。

 男性にしては肌が白くて線も細い、御伽噺の中の王子様を連想させる青年だった。

 見た目は王子様なのに、白いシャツに質素なズボンという町人と変わらぬ恰好だ。町長はこの青年を特別な来客として持て成していたが、それほど高貴な人とは思えない。

「お母さんが! お母さんが発作を起こして苦しんでるんです。隣町にお薬をもらいに行かないと行けないのに、町から出ることを許してもらえなくて……」

 アーセタは青年を見上げて思いをぶつけた。青年はアーセタの前に屈み込んで視線を合わせると、何故か見ただけで安心できる、優しい微笑みを浮かべて頭を撫でた。

「大丈夫。僕が助けるよ。その為に僕はここにいるのだから」

 青年の表情を見ていると、すべてを委ねてしまいたくなる。だが、彼を信じたところでどうなるのだろう。病気で苦しむ母親に何ができるというのだろう。

「さぁ、君のお母さんを助けに行こう。案内して」

 青年は立ち上がると、アーセタに向けて右手を差し出した。

青年の澄んだ声に、心が温かいなにかで包まれているような気分になって、気が付くとアーセタは青年の右手を取って頷いていた。

「セイント、どちらへ?」

 祭りから抜け出してアーセタの家へ向かう青年に気が付いたのか、町長が声を掛けてきた。青年は微笑んだままで町長を見つめた。

「この子のお母さんを救ってきます。すぐに戻るので、準備を進めていてください」

「あなたの為のお祭りなのですよ?」

 町長が慌てた様子で声を掛けてくるが、青年がアーセタの手を離すことはなかった。

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