第3話

 停留所には普段、複数の馬車が停泊していて、安価で他の大きな町へ運んでくれるが、見通しの悪い夜道の危険性の考慮と、山賊を怖れて昼間の間しか稼動していない。

「そんな……」

 アーセタが停留所に着いたときにはもう最後の馬車も出てしまった後で、停留所に待機している馬車はすでに一台もなかった。町へ行く手段は絶たれてしまった。

 アーセタは愕然としてその場に立ち尽くした。これでは母親を助けることができない。

 しかし、こんなところで呆けているわけには行かない。馬車が使えないなら歩いて行くまでだ。アーセタは唇をぎゅっと噛み締めると、街道を進む決意をした。

 馬車の停留所は町の外れにある。ここから少し西に行けば町を囲む木の塀があり、その先には隣町へ続く山道が伸びている。

 今から歩いて隣町まで行くと、往復して帰ってくるのは夜明けくらいになるだろう。

 それでも、明日馬車が動き出すのを待つよりはずっと早い。夜通し歩くことになるがそれも覚悟の上だ。アーセタは西に向かって歩き出した。

「アーセタちゃん? まさか、町の外に出るつもりじゃないだろうね?」

 普段ならここまで来るともう人に会うことはなく、誰にも見つかることなく町の外に出ることができるのに、今日に限ってなぜか人が集まっている。

 その中にいた、幼少の頃より良くしてくれている、地区会の会長に呼び止められた。

 達磨を思わせる体型をし、側面だけを残して頭が禿げ上がった、見た目も性格も人の良い中年を絵に書いたようなおじさんだ。

そう言えば、こんな時期外れに祭りをやると回覧板で回っていたような気がする。

それ事態に反対をするつもりはないが、寄りによって今日だったとは……。

「ミウレゼさん、お母さんが発作を起こしちゃって! お薬を切らしちゃってて……。

 もらってこないと、お母さんが、お母さんが!」

 アーセタは、地区会の会長のミウレゼに駆け寄ると、洋服を掴んで見上げた。

 町にも牧場はある。馬を出して隣町まで送ってくれるように話してくれるのを期待していた。

「それは大変だ! だけどねアーセタちゃん、残念だけどそれは許可できない。

 こんな時間だ。山には山賊もいる。野生の危険な動物もたくさんいる。そんなところに出て行ったら、アーセタちゃんが危ない。明日、早くに馬車を出してもらえるように話しておくから、明日にしよう? ね?」

 ミウレゼはアーセタの両肩を掴んで見つめながら、優しい声で説得しようとしてくる。

 だけど、それでは間に合わないかも知れない。アーセタは拒絶の意を示して頭を大きく左右に振ると、ミウレゼから離れた。

「それじゃあダメなの! お母さんが死んじゃう! あんなに苦しそうにしてるのに、明日まで待ってなんてわたし言えないよ!」

「だけどアーセタちゃん、今行ったらアーセタちゃんが危険なんだ。お母さんだって、アーセタちゃんを危険な目に合わせてまで助かりたいなんて思ってないよ」

 怒り出しても可笑しくないのに、ミウレゼは辛抱強く説き伏せようとしてくる。

聞き分けのないことを言っているのは分かっている。だけど、行かなければならないのだ。

「見逃して、ミウレゼさん。私は大丈夫だから」

「ダメだ。明日まで我慢しなさい。苦しみは長引くかも知れないけど、大丈夫、ちゃんと処置すればお母さんは命に関わるような病気じゃない」

「そのちゃんとした処置ができないの! お医者さんもちゃんと診てくれなくて……」

「ああ、コータさんか……。あの人はまた……」

 ミウレゼはやれやれとばかりに頭を大きく振りながら、溜め息と一緒に吐き出した。

「だから、行かせて?」

「それでも、それは許可できないよ。今日は大人しくしてなさい」

「だめ! それじゃあ間に合わないの。今すぐ行かないと!」

「ダメだよ。聞き分けてよ。アーセタちゃん。ほら、今日はお祭りだ。楽しんで行くといいよ」

「ミウレゼさん!」

 アーセタを落ち着かせるために言ったのは分かっていた。それでも母親が苦しんでいるのが分かっていながら、そんなことを言ってくるのが信じられなかった。

「なんの騒ぎですか? 大切なお客様が来ているというのに」

 二人で話していると、町長が数人の役人を連れて近付いてきた。細身で背が高く、高級そうな黒くて艶のあるスーツに身を包んだ、神経質そうな男性だ。年代は四十代くらいだろう。

町長と一緒にいる集団の中には、昼間教会で見た金髪の青年も一緒にいる。

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