第2話
「すいません! 先生、いますか?」
アーセタは町の診察所に駆け込んだ。診療所に着いて足を止めたことで心臓が激しく脈打ち、駆使した肺が正常の動きに戻ろうとして呼吸が荒くなる。
額に浮かび上がった数滴の汗が床に滴り落ちた。
「アーセタちゃん。どうしたんだい?」
白衣を着た小太りの男が家屋の奥から歩み寄ってきた。七割が白くなった頭髪をオールアップにした、中肉中背の、少し腰の曲がった初老の男だ。この町で唯一の医者である。
優しい面持ちの気の良い男性であるが、重病人の処置は全て隣町の大きな病院に回してしまう、頼りない困った人だ。
それでも今は隣町まで行く時間がなく、どうしても診察して貰うしかなかった。
「先生! お母さんが発作を……」
ようやく多少の息が整って、アーセタは現状を簡潔に告げた。この医師は母親が発作を起こすことを知っている。だから、すぐに家へ向かってくれると思っていたが、医者は準備もしないでその場に佇み、迷惑そうに顔を顰めて視線を逸らした。
「ああ……。君のお母さんを診るには、ここじゃあちょっとね……。
ほら、町に大きな病院があるでしょう? そこに行ったほうがいいんじゃないかな?」
医者は視線を天井に向けたままで、ちらちらと様子を伺うようにアーセタを盗み見しながら、どこか他人事のように言って来る。
「おかあさんは、今、発作で苦しんでいるんです! お願いします。診察してください!」
「そうは言ってもねぇ、君のお母さんは中々難しい病気なんだよ。分かってるだろう?
処置を少し間違えただけで命に関わるかも知れないんだ。私にはちょっと……」
「それじゃあ、隣町に行ってお薬をもらってくるまでの間、おかあさんに着いててもらえませんか? 見ててくれるだけでいいんです!」
医者は落ち着かない様子でそわそわと部屋を見回し、その視線が時計で止まった。時刻は午後五時を指している。それを見た途端、医師はしめたと言わんばかりに口許に笑みを浮かべて、モップを手に取り掃除を始めた。
「今日はもう終わりの時間だから片付けをしなきゃならないんだ。悪いけど他の人に頼んでもらえるかい? ほら、帰って帰って」
モップを突き出してアーセタを押し退けながら、医師は冷たく言い放った。
「あ、そんな! 先生!」
なおも食い下がろうとするが、医師は力任せでアーセタを診療所から追い出すと、中から鍵を閉めてしまった。
「先生! お願いします! このままじゃおかあさんが!」
「こんなことをしている暇があるんなら、早く薬をもらいに行ったほうがいいよ!」
ドアノブを掴んで扉を開けようとするアーセタに、医師は厄介者を見るような冷たい視線を向けると、カーテンを勢いよく閉めて奥へ入って行ってしまった。
普段は優しく接してくれているだけに、こうも手のひらを返した医者の態度が信じられなかった。人間とは面倒事を運んでくる他人には、ここまで冷酷になれるものなのだと知った。
だが、医者の言い分にも一理ある。ここでこうしていたところで母親の発作は治まらない。
発作を止めるには、隣町の病院に行って薬をもらって来るしかないのだ。
アーセタは気持ちを切り替えると、馬車の停留所に向かって駆け出した。
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