第134.8話 忍ぶ者達 その弐【炎上の巻】
「も、もう飲めん…………」
最後の一人は杯を落とし、机に突っ伏した。
粘ろうと必死だったみたいだけど、飲み比べは私の勝ちね!
男どもの体たらくな姿に、勝負に参加しなかった帝都の女性冒険者達は呆れ顔だ。
「これだから下半身に脳みそがある連中は……」
「A級冒険者だって威張ってみても、男なんて所詮はこんなものね」
なんてふうに悪態をつきながら、「さっさと起きろ!」とか、「外に放り出すわよ!?」などと、突っ伏す連中の頭を小突いている。
何人かは頭を動かしたものの、相当に酒が回っているのか唸り声を出すばかりで起き上がろうとはしない。
受付嬢のレギーナ達も「宿の迷惑になりますから……」と男達を起こそうするが、まるで効果はなかった。
ちなみに、突っ伏している連中の中には帝都の冒険者だけなく、アルテンブルクの冒険者も数人混じっている。
色ボケしたのか、その場の悪乗りかは知らないけど、あんたらが簡単に抱けるほど安い女じゃないの。私はね。
覚えておきなさい。
「ほ、本当に一人勝ちしやがった……」
なんとか声を絞り出したのは、アルテンブルグの冒険者クヌートだ。
何度も「信じられねぇ……」と呟いている。
「あらクヌート? 全然酔ってないじゃない。ちょっと付き合ってよ」
「おいおい! まだ飲む気かよ!?」
「当たり前でしょ? こっちはこれでも手加減してたんだから」
「冗談は止してくれ……」
「諦めろ。こいつはザルどころか、底の抜けたバケツも同然だ」
「あらロック? 乙女に向かって言うに事欠いてそれ? 私がどうしてこんな勝負をしたか分かってるでしょ?」
「金だろ?」
「首を絞めてやろうかしら?」
「心外だと言うつもりか? 酒を飲んでもまったく楽しくなかったと? 賭金が手に入ってもまったく嬉しくないと?」
「…………もちろんよ」
「くっくっく……。言い淀んでいるじゃないか? 語るに落ちたな?」
「うっさい! うら若き乙女が大人数の男を相手に回してたった一人で戦ったのよ!? 少しは心配してくれてもいいじゃない!」
「俺が心配してなかったとでも思うのか?」
「え? ロック……。あんた……」
「賭金は手に入れたんだろう? 手元にあるうちに、貸した金を返してもらおうか? お前が俺の名前でつけてた飲み食い代もな」
「返せ! トキメキかけた私の心を返せ!」
「知ったことか。しめて銀貨五枚と銅貨二十八枚だ。耳をそろえて払ってもらうぞ?」
「この男は……! 私の気も知らずに……!」
「ははは……。お前ら本当に仲がいいな? もういっそ、二人でパーティーを組んだらどうだ?」
「クヌート、タチの悪い冗談はよしてくれ。こいつは底の抜けたバケツだが、財布にも大穴が空いているんだ。金貨と石ころの区別がついているかも怪しいもんだ」
「言ってくれるじゃない……! こっちこそねぇ! あんたみたいな…………」
「ん? どうした?」
「…………くっそ! 悪口を言ってやろうと思ったのに、分かりやすい欠点がイマイチ出て来ない!」
「ふっ……。どっちが社会不適合者なのか、これでよく分かったじゃないか?」
「誰が社会不適合よ――――」
「あ、あの~……。ちょっといいですか?」
苦笑気味のクヌートを挟んで言い合いをしていると、レギーナがすまなさそうな顔で私達に声を掛けた。
「申し訳ないんですけど、この人達を運ぶのを手伝っていただけませんか? 全然動いてくれないし、私達だけじゃ重くてとても……」
「ええっ!? ネタじゃなくて本気で落ちてるの!? 情けないわね!」
「ケイさん……。どれだけ飲んだか覚えてないんですか? 麦酒が十六杯に、蒸留酒が二十四杯ですよ?」
「ふっ! 圧倒的なじゃない! 私の肝臓は! こいつらは私の足元にも及ばないでしょ!?」
「足元に及ぶ人がゴロゴロしていたら、そっちの方が恐い気がします……」
「仕方ないわね。レギーナ達には普段世話になっているし手伝うわ」
「ありがとうございます!」
「ロック! クヌート! あんた達も手伝って!」
「仕方ない……」
「ケイには逆らわない方が良さそうだ……」
酔い潰れた帝都の冒険者達を、手分けして宿の部屋へと放り込む。
アルテンブルグの冒険者は、ロックとクヌートの手によってそれぞれの下宿へ連れて行かれた。
片付けが終わったのは、開く店もなくなり街が完全に寝静まった頃。
お誂え向きに、野良犬の遠吠えが何処からか聞こえてくる。
ロックやクヌートと別れた私は、レギーナ達と帰り道を歩いていた。
部屋の広さは一丈四方――畳四、五枚分くらいの広さしかないものの、食堂や風呂、厠が別に用意されているから、一人で暮らすには十分。
冒険者なら外へ出払っていることが多いから、ほとんど寝るために帰るような場所だ。
「ケイさん……。今日はありがとうございました……」
「いいのよレギーナ。男連中を運ぶことくらい訳ないって」
「あ……いえ……。そうじゃなくて……。ケイさんが飲み比べを挑んでくれたのって、私達を心配してくれたからですよね?」
「んんん? 何のことかな?」
「ロックさんに聞いたんです」
「あいつ……余計なおしゃべりを……!」
「やっぱりそうなんですね?」
「……違うわ。私は思う様にお酒が飲みたかっただけ。連中の相手をしたのは余興みたいなものよ」
「でも……。勝てたから良かったですけど、もし――――」
「私が負ける場面なんて想像出来た?」
そう尋ねると、レギーナ達は顔を見合わせ、やがて苦笑を浮かべた。
「全然できませんね。
「でしょ? 私には何の危険もないし、お酒を飲めて幸せ。レギーナ達もうっとうしい接待から解放されて幸せ。それでいいじゃない」
「はい!」
「それより
「そうですね……。分かりました! 明日、一緒に行きましょう!」
「その調子よ! 鉄は熱いうちに打たなきゃね!」
話している内に下宿に着いた。
明日も早いからと、すぐに部屋へ戻る子ばかり。
私も例に漏れず部屋へ戻ったけど……そのまま眠る訳じゃない。
戻って早々に、備え付けの棚から酒の入った甕を取り出し、窓辺に腰掛けながら一人で酒盛りの続きを始めた。
今日の夜空は良く晴れて、月も星もとても明るい。
街区を二つほど隔てた向こうには、宴会をしていた宿が見える。
お高い宿だけあって、他の建物よりも頭一つか二つくらいは背が高い。
月と星に照らされて、黒い輪郭がはっきり見える。
灯りは一つも見えない。
そのまま宿を見つめて酒を飲む。
宴会の時とは打って変わって、ちびちびと静かにね。
その時が来るまで多少の時間が必要だもの。
一気にあおったりしたら、残りの時間は口が寂しくなってしまう。
そんな詰まらない事態は避けたいわ。
四半刻が経ち、半刻が経ち、そして一刻余りが過ぎた。
町は静か。
野良犬の遠吠えも、もう聞こえない。
私は焦ることなく待ち続ける。
するとその時、暗く沈んでいた宿に、小さな灯りが灯った。
ランプやロウソクの灯りだろうかと思ったが、少し様子がおかしい。
灯りは動く事こそないものの、ゆらゆらと揺らめいている。
観察を続けるうちに、灯りの数は徐々に増えて行く。
一つ……二つ……三つ…………。
時には、ばらばらだった灯りが合わさって一つにもなった。
灯りはさらに大きくなり、暗く沈んでいた町を陽の光よりも強烈に照らした。
「……あはっ。来た…………!」
杯を掲げ、グイッと一気にあおる。
だって絶景なんだもの。
こんなに美しいものを見せられて、酒を飲まずにはいられないわ――――。
――――なんだか、扉の外が騒がしい。
まだ起きるには早過ぎる時間だけど、人がバタバタと行き交う音がする。
酒の入った甕に蓋をし、水をたらふく飲み干してから、ゆっくり扉を開けてみた。
「ふわあ……。さっぶ……!」
「ケイさん!?」
「レギーナ? こんな夜中にどうしたの?」
「それが――――うっ……。すごいお酒の臭い……」
「あははは……。あれだけ飲んだからね……。で? 何があったの?」
「そ、そうでした! 火事なんです! 帝都の皆さんが宿泊されている宿が!」
私は目を剥いてみせた。
驚いて言葉も出ないふうを、装った。
「状況確認のために今から出発するところなんです! ケイさんはゆっくり――」
「私も行くわ。人手は多いに越したことはないでしょ?」
「本当ですか? ありがとうございます!」
「ちょっとだけ待って。三十秒で支度するわ」
すぐに身支度を整え、レギーナ達と一緒に下宿を出る。
「うわっ……。すごい煙……」
風向きが変わり、こちらが宿の風下になったのだろう。
凄まじい煙が上空を流れ、灰やら燃えカスやらがパラパラと降り注いでくる。
頭に落ちたそれを振り払いつつ宿へ向かう。
距離は街区二つ分しかない。
走ればすぐだ。
野次馬が群がっているのも既に見えている。
最後の角を曲がると、野次馬の頭越しに燃え盛る宿が見えた。
「嘘……。こんなに……」
レギーナが絶句する。
だって、まるで大きな松明みたいに炎を噴き出しているんだもの。
驚くなって方が無理な話ね。
さて……。どれくらい、生き残っているかしらね?
「あっ! あの人達は……!」
レギーナが路上に寝かされた男達へ駆け寄った。
その横では、魔法師が必死の形相で回復魔法を使っている。
顔にも見覚えがあった。
どっちも私に飲み比べを挑んで来た連中だ。
残念……。
あれは生き残りそうね――――。
「――――すごい火だな?」
「あら。ロックじゃない」
「気の毒なことだな。火の不始末だろうか?」
「そうね……。相当にタチの悪い火だったみたいね。あんなに燃え上がるなんて……」
「余程火の付きやすいものでもあったのかな? 何にせよ、気の毒なことだ」
ロックは「気の毒だ」を連発した。
あんまり心はこもってないようだけどね……。
私としては、快心の出来に十分満足しているんだけど?
宴会が始まるまで一日かけて仕掛けを施し、冒険者を運ぶふりをして、最後の仕上げに火種を仕込んでおいた。
見事に時間差で火が付いて、建物丸ごとをすっぽり包むようにきれいに炎上してくれた。
ここまで上手く美しく火が付くことってなかなかないのよ?
いつもは火が付いても、どことなく美しさに欠けるような……。
残念さを覚えることも多いのよね。
――――さて、私の感想さて置いて、お頭、お嬢、
やっぱり間者働きよりも、焼働きの方が私の性にあっているみたい――――。
――――カタカタ……カタカタカタ…………。
「え? 揺れてる?」
正にその時、地面が小刻みに揺れ出した。
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