合戦23日前
第135話 「な、何事じゃ!」皇女は狙われた
「ほ、本当に陸地が出来とる……」
数日前に『せいれえん』の干物を目にした海岸で――いや、数日前まで海岸だったこの場所で、コボルト皇女は口をあんぐり開けて呟いた。
御側付きらも呆然として言葉もない。
しかし、ミュンスター殿だけは眉一つ動かさず、しかし溜息をつくように小さくを息を吐き、冷静な声音で口を開いた。
「これが異世界転移の、まさにその現場と言う訳ですね?」
俺達の目の前には、荒々しい岩肌を晒した急峻な崖がかつての海岸に沿って聳え立っていた。
左右に首を振ってみれば、ネッカー川河口あたりから荒れ地の岸辺辺りまで、ずっとこのような崖が続いている。
少なくとも、東西に三里か四里は延びておろう。
あとは海側へ如何程伸びているかだが、崖に遮られて仔細は
確かめるためにも人が通れる道を探さねばならぬが、そもそも道があるのか?
崖の上は青々とした木々で覆われているものの、人家らしきものは一つも見当たらなかった。
こりゃ人が住んでおるか否かもよう分からんわ。
「サイトー卿、お尋ねしても?」
「何なりと」
「いつ、このような状態になったのですか?」
「昨日、日が出ている内にここを訪れた者が申すには、いつもと何ら変わらぬ海岸だったとのこと。おそらく昨夜の地震と共にこうなったのでありましょう」
「サイトー卿と同じ世界から来たと思いますか?」
「地震と共に現れるのはことごとく我らの縁者でござった。少なくともこれまでは。なれど、此度は誰とも会えておりませぬ。まだ何とも申せませぬな」
「そうですか」
ミュンスター殿が眼鏡の位置を直しつつ、今度はそばで崖を見上げていたミナ達に問うた。
「サイトー卿はともかく、皆様はずいぶんと冷静でいらっしゃいますね?」
「シンクロー達が転移してきた時その場に居合わせましたから、こうなっても驚くほどじゃありません。地震は慣れませんが……」
「アタシはネッカーから荒れ地の様子を見てたけどぉ、ミノが出て来た時はもっとすごかったよぉ? こう……霧が晴れたら知らない山や森が忽然と! って感じかなぁ? それに比べればねぇ」
「あたしも同じです。で、不用意に足を踏み入れて村人に捕まって首まで埋められて……。あの時の恐怖に比べれば陸地が現れたくらい……。あははは……」
ハンナが遠い目をして乾いた笑い声を響かせておると、ネッカー川の方から「若!」と声が掛かった。
港町ビーナウで
此度現れた陸地は、ネッカー川河口にあるビーナウの目の前まで続いておる。
そのせいで町は朝から大騒ぎとのこと。
船を出して海から陸地を探らせていると報せがあったが、首尾は如何であろうか?
「大儀である。何か分かったか?」
「船で沖に向かった者の話によりますと、陸地は海に向かって一里半は続いておるとのこと。さらに人家らしきものも目にしたそうにござります」
「何だと? 日ノ本のものか?」
「目にしたのは沖合からにござります。遠目故、確かなことは分かりませぬ」
「人は?」
「見ておりませぬ。探った範囲にはいなかったのか、遠目で見えなかったのか……。あるいは隠れておるのやもしれませぬ」
「陸には揚がっておらんのか?」
「何があるか分かりませぬ。何か見つければ引き返すよう、言い含めておりました」
「あい分かった。それで構わん。不用意に近付き騒動となっても厄介だ」
「もう一度船を出し、陸に揚げましょうか?」
「そうだな――いや、止めておこう。船で行って逃げ場を失っても厄介よ。今、人が通れる道がないか探らせておるのだ。船を出すか否かは、道の有無を確かめてからでも遅くはあるまい」
「御注進致します!」
東の方から近習の山県源四郎が駆けて来た。
「おうっ! 道が見つかったか!?」
「はっ! しかし、岩が崩れて道を塞いでおります!」
「あい分かった。弾正」
「はっ!」
「人手を出して岩を除けよ」
「直ちに取り掛かります」
「源四郎らは引き続き道を探せ。他にも見つかるやもしれんからな」
「承知致しました!」
弾正は指示を始め、源四郎は再び東の方へと駆けて行った。
道が岩で塞がれたか……。
除けるまで時間が掛かるかもしれん。
ミナが「シンクロー」と俺に話しかけた。
「岩が崩れたのは地震のせいだろうか?」
「おそらくは。そうと分かれば長居は無用。急ぎここを離れるぞ」
「何だって? 道が啓けるのを待たないのか?」
「また地震が起これば崖が崩れるやもしれん。斯様な場所に皇女殿下を――」
「心配無用じゃ! 妾はここで道が啓けるのをゆるりと待つとするのじゃ!」
「何を申されます。御冗談はおよしくだされ」
「冗談などではない。この先がどうなっておるのか確かめねばならんのじゃからな!」
「そればかりは何卒御勘弁を。如何なる危険があるか分からぬ場所にござりますぞ?」
「ここまで来させておいて今更なのじゃ!」
「皇女殿下がしきりとお求めになる故、万歩譲ってお越しいただいたのでござります。それよりも、帝都へお帰りになる準備をなさっては?」
「主もしつこいのう……。妾はまだ帰らんと言うたであろうが! まだまだ学ばねばならんのじゃ!」
「殊勝なお心掛けとは存じまするが、殿下に万一のことあらば手前は腹を切らねばなりませぬ」
「腹を切るじゃと? はんっ! 切れるものなら切るがよい! そんな度胸があるならのう? 妾は止めはせんのじゃ! わはははははは!」
この童女め……!
口の減らぬ奴……!
御側付きらに諫めて欲しいものだが、皆一様に諦め顔だ。
この皇女、一度こうと決めれば頑として動かぬようだからな。
ヘスラッハ殿ら騎士娘三人が「姫様帰りましょうよ」と申しても、「ならば主らは帰ってよいぞ」と取り付く島もない。
あと頼みとなりそうなのは……ミュンスター殿しかおらん。
――――が、何を考えておるのか、ミュンスター殿はミュンスター殿で、無言で眼鏡の位置を直すのみ。
「……何とか御説得下さいませぬか?」
「姫様は学びを得たいとおっしゃっているのですよ? 多少の危険があろうと、お止めすることは出来兼ねます」
「御身に危険が及んでは、学ぶも何もあったものではござりませぬぞ?」
「皇族だからと言って危険を避けてばかりいるのはよろしくありません。時に危険に飛び込んでこそ、得る学びもあるというものです」
ダメだ。
こちらはこちらで取り付く島がない
あの皇女もミュンスター殿も、カヤノに殺されかけるという経験をしておきながら、何故この地に留まることを選び、危うきに近付くことを厭おうとせんのか?
丹波の申すように、二人は結託して何かをなそうとしておるのか?
「御注進致します!」
源四郎が再びこちらへ駆けて来た。
「人一人通れる程度にござりますが、岩を除けることが出来ましてござります!」
「左様か。では――――」
「よぉし! そんなら早速出発なのじゃ! ドロテア! ハイディ! イルメラ! 着いて参れ! 冒険じゃ!」
意気揚々と歩き出す皇女。
仕方あるまい……。
しばらくは皇女の満足いくようにさせるしかないか……。
だがしかし、皇女の冒険はこの後唐突に終わりを告げるのである。
「ほれサイトー! 何をしとる!? 早う出発するのじゃ――――」
ダァ――――――――――――ッン!!!!!!
バシュ!
当然轟音が鳴り響き、皇女の足元に白煙が上がり、小石が飛び散った。
「うおっ!? な、何事じゃ!?」
「狙われており申す! 手前の後ろへ!」
俺達は唐突に、崖の上から狙撃されたのだった。
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