第134.7話 忍ぶ者達 その弐【酒盛の巻】

「ちょっとロック! 飲んでんの!?」


 ケイの奴がケラケラと笑いながら、手前の背中をバンバンと叩く。


 ここはアルテンブルグ領都でも、高級で名の通った宿屋――その一階に設けられた酒場だ。


「いや~! こんないい酒が飲めるなんてね! 役得役得!」


 組合長ギルドマスターとの話し合いが終わった後、葬式みたいに暗い雰囲気に包まれたアルテンブルグの冒険者達に、受付嬢のレギーナが申し訳なさそうに口を開いた。


 翌日の晩、帝都からやって来た冒険者との懇親会を開くと言うのだ。


 集まった冒険者達は、どういうつもりだと言いたげに、一斉に組合長ギルドマスターをにらみつけた。


 だがレギーナが慌てて言うには、懇親会は組合ギルドの発案ではないとのこと。


 帝都の冒険者達――その頭領格の男の申し出らしい。


 如何なる考えがあってのことか分からんがな。


 組合ギルドとしては、はるばる帝都からやって来て、斎藤家との一戦を引き受けてくれた連中の申し出を無下には出来ないのだろう。


 苦しそうに話すレギーナから、そのことが痛いほどに伝わって来る。


 事情は分からないこともない。


 とは言え、割り切れない思いを抱えたままで懇親会に出られる人間なぞ、そう多くはない。


 集められた三十人のうち、十人は「出られると思うか!?」と怒りも露わに断り、もう十人は「……用がある」と憤りをにじませながら断った。


 残った十人は「組合ギルドの顔を立てるだけだ……」と、いわゆる大人の対応ってやつを選択。


 ただし、実際に懇親会へやって来たのは半分の五人。


 うちの二人は手前とケイ。


 他の三人は、冒険者パーティーでリーダーを務める者達。


 リーダーさえ参加しないパーティーもある中ではあったが、全員がそろって拒絶すれば、修復不可能なほどの軋轢を生むだけだと考えたようだ。


 多少でも参加者があれば、「急な話で予定が合わなかった」と言い訳が出来るかもしれない。


 相当に苦しい言い訳だがな。


 足りない頭数はレギーナ達受付嬢で埋めているのだが、彼女達の表情は笑顔を浮かべながらも実にぎこちない。


 なにせ相手の機嫌を損ねる訳にはいかないからな。


 帝都の冒険者達は全員がA級以上の実力を備えているだけのことはあり、無頼な者はいないようだが、それでも八割方は男だ。


 受付嬢を口説こうとする者、手を握る者、肩を抱こうとする者――女子が喜ぶとは限らない行いに及ぶ者もいる。


 仲間をたしなめる者もいるにはいるが、その程度で止まるものでもない。


 これでは受付嬢ではなく酌婦しゃくふも同然ではないか。


 肝心の組合長ギルドマスターも顔を出していないし――――。


「ちょっとロック! 飲んでるの!?」


「だから飲んでる! 聞こえてる! 背中を叩くな!」


 向こうの方で、酒場の給仕達が苦々しい顔をしている。


 ここは高級宿だからな。


 ケイみたいに大騒ぎする客はお呼びでないのだろう。


 静かにしろと言いたいが、冒険者を相手に口を出す勇気まではないらしい。


 ただ、大騒ぎするなってところは手前も賛成だがな。


「俺はゆっくり静かに飲む方が好きなんだ!」


「ふ~ん……。さっきから、レギーナの方ばっかり見ていたみたいだけど?」


「……そんなことはない」


「あはははははは! 間があった!」


「やかましい!」


「ぬふふふふ……。そりゃちょっと心配よねぇ……? 相手は帝都のA級冒険者様よ? こんな田舎じゃちょっとお目にかかれない、垢抜け感? って言うの? 洗練された感があるわよねぇ? ロック君は気が気じゃないと?」


「勝手にほざいてろ!」


「いひひひひ! まあ、安心なさい? おいたが過ぎるようなら、この私が何とかしてあげるから!」


「はあ? お前が? それはどういう――――」


「ケイ! こっちへ来てくれ!」


 手前が言い終わらない内に、向こうの卓からケイにお呼びが掛った。


 帝都の冒険者が十人ほどが集まっているようだ。


「勝負の準備が出来たぞ! 早く始めよう!」


「はいはいっと! すぐ行くわ!」


「勝負? 何をする気だ?」


「飲み比べよ! 杯のお酒を飲み干していって、誰が勝つかって! さぁて、楽しみね? んふふふふ……」


「その様子……。何か賭けているな?」


「ご名答! 私が勝ったら負けた連中から一人あたり銀貨一枚いただきます!」


「お前が負けたらどうなる?」


「私と一夜を共に過ごす権利をあげます!」


「ぶふっ! な、な、な……」


「あははははっ! 驚いた? ねぇ? 驚いた?」


「お、お前……。いいのか? さっき会ったばかりの連中だぞ? 気に入った男でもいたか?」


「全然! でもね? 私って、これでもモテるのよ?」


 否定は出来ない。


 仲間の贔屓目ひいきめを差し引いたとしても、ケイはかなり面立ちの整った女子だ。


 出るべき所は出ているし、引っ込むべき所は引っ込んでいる。


 アルテンブルグの冒険者の中にも、ケイに言い寄った連中は多いからな。


 成功したという話は聞かないが……。


「どういうつもりだ?」


「そうねぇ……。普段から慕ってくれる達が困ってるみたいだし、お姉さんが盾になってあげようかな? ってところかしらね?」


 そう言うや、ケイは向こうの卓へ足を向けつつ、


「勝った奴は一晩相手をしてあげるわ! さあ! まとめて掛って来なさい! え? 参加しない? ちょっとあんた! 賞品は私なのよ!? それでもさおは付いてるの!?」


などと叫び、帝都の冒険者は大半が飲み比べに巻き込まれてしまった。


 この騒ぎのお陰でレギーナ達は解放される。


「おいロック。お前の相棒はとんでもないな?」


 そう言いながら声を掛けて来たのは、組合ギルドの顔を立てて宴会に参加した冒険者の一人。


 四人組パーティーのリーダーをしている二十代半ばの男――名前はたしかクヌートだ。


「たった一人で帝都の連中を相手にするんだからな。しかもありゃ勝つつもりだぞ?」


「だろうな。ところで一つ訂正させてくれ。あいつは俺の相棒じゃない」


「そうなのか? よくつるんでいるじゃないか?」


「たかられているだけだ。たまたま同じ時期に冒険者になっちまったのが運の尽きさ」


「そうなのか? 二人まとめてうちのパーティーに勧誘しようかと思ってたんだが……」


「有難い話だが、今はどこのパーティーに入る気もないんだ。あいつは……いや、あいつも多分そうだろう」


「そいつは残念だ。でもな、もし一緒に依頼クエストをやる機会があったらよろしく頼む」


「こっちこそ――いや待て。今回がその『一緒に依頼クエストをやる機会』なんじゃないか?」


「ははは! そうだな! 違いない! ……出来ればもっと別の機会が良かったがな」


 クヌートは不機嫌そうに鼻を鳴らすと、杯を一気にあおった。


「……ふう。帝都の連中から、依頼を受けた経緯を聞いたんだがな……」


「どうした? えらく不満そうな顔をしているぞ?」


「当たり前だ! あいつらの依頼料がべらぼうに高いのさ! アルテンブルグへ向かうだけで金貨十枚! サイトーとの試合に勝てば金貨二十枚だぞ!?」


「おいおい……! 俺らの倍じゃないか!」


「しかもだ! 旅費は別立てて組合ギルド持ちなんだとさ! どんなお大尽だいじんだよ!?」


「至れり尽くせり、だな……」


「あいつらが腕利きだってのは認めるさ……。組合ギルドの能力認定はそんなに甘いもんじゃないから。A級だって言うならそうなんだろうよ。そんな腕利きを遠く離れた帝都から呼び寄せるんだ。依頼料が高額になるのも分かる……! けどよ……!」


「道理を説かれて納得できるもんでもないよな」


「だろ!? やってらんねぇぜ!」


 やけくそ気味に杯をあおるクヌート。


 酒をあおりたくなる気持ちはよく分かる。


 よく分かるが、もう少し視野を広げた方がいいかもしれないな?


 クヌートは連中の高待遇は実力のせいだろうと言ったが、それにしても高額に過ぎる。


 どうにも不自然だ


 いくら人材が足りないからと言っても、帝都とアルテンブルグという所属の違いだけで、ここまで差を付けていいものか?


 事が露見すれば、余計な軋轢どころか決定的な亀裂を生むことにもなりかねない。


 アルテンブルグの冒険者は、組合ギルドへ強烈な不信感も抱くだろう。


 そんな有様で試合に勝てるか?


 まともな組合長ギルドマスター――特に、ジンデルのような人間なら、そんなことは言われるまでもなく分かっているはずだがな……。


 お頭、やはりあなたの判断は間違っていないようだ。


 帝都の冒険者自身に悪気はないのかもしれないが、ここまで背景の胡散臭い連中を放置しておく道理もない。


 さて、御役目だな――――。


「――――ぷはっぁ! よっしゃ五杯目! さあ! 早速六杯目にいきましょう! 何? もう諦めちゃうの! それでも玉は付いてんの!?」


 あちらの卓では、ケイが杯を片手に気炎を上げていた。

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